Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

雨の日の美術館巡り その2:「クールベと海」展(パナソニック汐留美術館)

サントリー美術館で、ミネアポリス美術館所蔵の日本絵画を楽しんだ後は、パナソニック留美術館へ向かう。ここでは「クールベと海」展が開催されている。

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19世紀フランスの写実主義を代表する画家の一人、ギュスターヴ・クールベ。既存の体制を諷刺した《画家のアトリエ》が有名だが、この展覧会では風景画、それも海を描いた連作に焦点を当てている。

スイスとの国境に近い山村オルナンで生まれたクールベは、22歳にして初めて海を見た。その時「私たちは、ついに海を見ました。地平線のない海です(谷の住民にとって奇妙なことです)。」と、その時の感動を両親に手紙で伝えた。

その20数年後、海を背景とするのではなく、海そのものの力強さを描く絵を多く描いている。1869年から70年にかけて、「波」のみを描く連作を残している。あるがままの海、砕け散る波、空と雲を、何度も何度も描き続けている。天候が変わるたびに表情を変える海に、クールベは惹きつけられたのだろう。

この展覧会は、日本国内にある美術館所蔵・個人蔵のクールベの作品を集めて構成されている。国内にこれだけのクールベの風景画、《波》の連作があるということに驚いている。

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クールベを扱った本が少ないこともあり、今回の展覧会の図録を購入した。解説記事や年譜を見ると、一時期は人気画家であったクールベも、晩年は不幸であったことがわかる。パリ・コミューン参加の際に、円柱破壊の罪を問われ一時期投獄される。そして損害賠償から逃れるために、スイスに亡命して晩年を迎えている。

クールベの生涯については、「イラストで読む美術」シリーズで西洋絵画を紹介する杉全美帆子さんのイラストが、Web サイトに掲載されていて、わかり易い。必見である。

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雨の日の美術館巡り その1:「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」展(サントリー美術館)

会社休日はあいにくの雨。残念ながらゴルフはできなかったが、雨の日の美術館巡りも悪くない。6月になって多くの美術館・博物館が営業を再開している。

まず訪れたのはサントリー美術館で開催されている「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」展ミネアポリス美術館が所蔵する日本絵画が里帰りしている。水墨画狩野派・やまと絵・琳派・浮世絵・文人画(南画)・奇想派・近代絵画と構成され、日本絵画史の主要ジャンルをカバーしている。

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www.suntory.co.jp

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山田道安《龍虎図屏風》(16世紀、室町時代

清原雪信は狩野派随一の女流絵師で、父は狩野探幽の高弟・久隅守景。

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清原雪信《騎獅文殊図》(17世紀)

私淑の系譜である琳派からは、俵屋宗達酒井抱一、鈴木其一の作品が展示されている。

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俵屋宗達源氏物語図屏風》(17世紀)

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酒井抱一源氏物語「秋好中宮」》(19世紀)

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酒井抱一《楸に鷦鷯図》(19世紀)

自宅の庭に数十羽の鶏を放して、写生をしていた伊藤若冲。その緻密な着色画と対照的で、軽妙洒脱な水墨画で、さまざまな姿の鶏が描かれている。

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伊藤若冲《鶏図押絵貼屏風》(18世紀)

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伊藤若冲《鶏図押絵貼屏風》(18世紀)

若冲と同様、「奇想の画家」として知られる曽我蕭白による鶴の絵。右隻と左隻で対照的な描き方である。

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曽我蕭白《群鶴図屏風》(18世紀)

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曽我蕭白《群鶴図屏風》(18世紀)

ミネアポリス美術館は 2,500点もの浮世絵のコレクションがある。主題を劇的に描く葛飾北斎。風景画の名手、歌川広重

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葛飾北斎《冨嶽三十六景 山下白雨》(1830 - 33年)

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葛飾北斎《諸国名勝奇覧 飛越の堺 つりはし》(1834年頃)

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歌川広重東海道五十三次 蒲原 夜之雪》(1832 - 33年)

河鍋暁斎は上手い。七福神のパロディを遊女ではなくお多福で描いている。

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河鍋暁斎《お多福図》(明治時代、19世紀)

狩野派最後の画家の一人、狩野芳崖フェノロサに見い出され、西洋の顔料を使って日本画の近代化を進めた。《巨鷲図》においても、雪舟を思わせる樹木の描き方と、西洋画のような陰影による立体的な鷲の姿が、ミックスされている。

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狩野芳崖《巨鷲図》(明治21年1888年

欧米ではよく知られ、日本では最近になって再評価されている渡辺省亭。紫式部源氏物語を執筆したと言われる石山寺。風景に使われる墨の濃淡と、人物の濃彩のコントラストが美しい。今年開催された渡辺省亭の展覧会では、その写実的な表現にひとめで心を奪われてしまった。

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渡辺省亭《紫式部図》(明治時代)

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室町時代から明治時代まで、日本絵画の主要なジャンルを一気に辿ることのできる展覧会であった。すべての作品が写真撮影 OK になっている。

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サントリー美術館をあとにして、パナソニック留美術館で開催されている「クールベと海」展に向かう

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日本画を観てランチ。ゆったりとした時間を過ごす(山種美術館)

美術館・博物館が軒並み休館になっている。「どうして野球観戦や相撲観戦は許されて、空いている美術館での鑑賞は NG なのだろう?人との距離は離れているし、会話もないのに。」ちょっと不満に感じていた。同じように感じている人たちは少なからずいたに違いない。そうこうしているうちに、6月から多くの美術館・博物館が再開することになった。「特別展 国宝 鳥獣戯画のすべて」は会期と開館時間を延長するようだが、既に再開後のオンライン予約はいっぱいになっている(僕自身は、もう行くのをあきらめている)。

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そんな中、山種美術館が一足早く営業を再開、「百花繚乱 ー 華麗なる花の世界 ー」展が開催されている。花を描いた近代日本画を集めた展覧会である。

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荒木十畝《四季花鳥》

山口蓬春の絵は、他の日本画とは異なり奥行きが感じられる。その独特な色使いが美しい。この季節に相応しい紫陽花の絵《梅雨晴》が展示されていた。

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ランチはアトレ目黒2にある [TO THE HERBS](https://www.to-the-herbs.com/)s にて。庭園美術館に「キスリング展」を観に来て以来、2年ぶりである。ウニとイクラの冷製パスタは痛風持ちには禁断の食べ物だが、薬も飲んでいるし、人間ドックも終わったし…。ノンアルコールのスパークリングワインを頼んで、久しぶりにゆったりとした時間を過ごすことができた。

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書類を捨てていたら、思わぬものを発見した

リモートワーク中心の勤務となり、それに合わせてオフィスもフリーアドレス化、床面積を半分に圧縮する方向で検討を進めている。それに伴って、紙の書類を整理しなければならない。1年間、ほぼアクセスしていなかった紙の書類だから、全部捨てられるはず。そう思ってどんどん捨てていたら、思わぬものを発見してしまった。

30数年前に、「入社4年目の論文」として、教育の一環で書いた(書かされた)数枚のエッセイである(論文と呼べるようなものではない)。タイトルは「ソフトウェアの独創研究をめざして」。どんなことを書いていたんだろう?思わず読んでしまったが、思い出すたびに「ギャッ」となってしまうような恥ずかしい中身の代物であった。

計算機科学・IT 系の研究所に入社して 3年。それまでの仕事を振り返りつつ、次の自分の研究テーマをどう考えるか。どうしたらソフトウェア先進国である米国に追いつけるか。想いばかりが先行して、データの裏づけもサポートする材料も乏しい文章だが、当時の経験をもとに、今後の夢や希望、悩みが縷々述べられていた。

こんな勢い先行の若者を、当時の上司の方は、温かい目で見守ってくれていたのだなぁと、改めて感じ入る。

さすがにこれをシュレッダーにかけるのは気が引けて、フォルダに挟んで抽斗の奥にそっとしまい込んだのでした。

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『謎解き 鳥獣戯画』を読んで、「特別展 国宝 鳥獣戯画のすべて」に行った気になる

緊急事態宣言によりトーハクも臨時休館となり、「特別展 国宝 鳥獣戯画のすべて」に行くこともかなわなくなった。

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謎解き 鳥獣戯画 (とんぼの本)

謎解き 鳥獣戯画 (とんぼの本)

  • 発売日: 2021/03/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

代わりに、と言っては何だが、この特別展を企画したトーハクの学芸員、土屋貴裕氏による詳しい解説が掲載された『謎解き 鳥獣戯画』を読んで、展覧会に行った気になることにした。甲乙丙丁全四巻、全場面が掲載された折り込みページが付いている。展覧会の公式図録はオンライン販売されているものの、今日時点では品切れ中であった。

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鳥獣戯画」の文化財としての指定名称は「紙本墨画鳥獣人物戯画」、鳥獣だけでなく人物を中心に描いた巻もある。甲乙丙丁4巻を合わせた全長は 44m 50.8cm。800年に及び伝来の中で失われた部分(「断簡」)もあり、当初はもっと長かった。甲・乙巻は平安時代末期、丙巻が鎌倉時代初期、丁巻はそれよりやや後に描かれたとされている。色がなく、詞書(ことばがき)がない。このため作品のテーマや意図がはっきりとはしていない。京都の高山寺(こうさんじ)に伝来している。

この本では各巻について、絵師が何人か、どういう絵師だったと考えられるか、断簡や模本の存在、紙の表裏に描かれていたのを「相剥ぎ」(あいへぎ)によって薄く2枚に分けて前後につなぎ合わせたことなど、専門的な解説がなされている。

それと同時に、甲巻の前半・後半での絵師二人の違いなど、鑑賞のポイントやみどころが紹介されている。実際の展覧会では、動く歩道で甲巻を鑑賞するようになっている。行ってみたかったなぁ。

書を原点とした墨の抽象画「篠田桃紅展」(そごう美術館)

2021年3月、107歳で亡くなった現代美術家篠田桃紅の個展が、そごう美術館で開催されている。もともとは書家であったが、文字を解体し、墨による抽象画を描いた。43歳で渡米。日本人は文字の形と意味をつい探してしまうが、文字の意味のわからない海外に拠点を移すことにより、墨そのものの美しさを見て欲しいという考えによるものだった。書から墨による抽象画へと発展したアメリカでの活躍であったが、乾燥したアメリカの気候では、墨は滲まずにかすれてしまう。再び日本に戻り、墨の可能性を追求していくことになる。

その作品を前に、筆の動きを想像する。一気呵成に運ばれたと思われる筆の動きに、ある種の潔さを感じて、気持ちがいい。

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www.sogo-seibu.jp

artexhibition.jp

川瀬巴水の抒情的な風景版画を満喫する(平塚市美術館)

吉田博や川瀬巴水の風景版画が好きである。2021年は吉田博の展覧会だけでなく、「昭和の広重」と称された川瀬巴水の展覧会も開催される。しかも2回にわたって。まずは今回訪れた平塚市美術館での「川瀬巴水展」。これはもともと去年行われるはずだった展覧会が、コロナ禍により今年に延期されたものである。そして10月には SOMPO美術館でも、川瀬巴水の回顧展が予定されている。

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川瀬巴水展(平塚市美術館)

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www.city.hiratsuka.kanagawa.jp www.sompo-museum.org muranaga.hatenablog.com muranaga.hatenablog.com

川瀬巴水伊東深水とともに、渡邊庄三郎による「新版画運動」の担い手となった絵師であり、その詩情溢れる風景画は版画とは思えぬほどの写実性が追求されている。何度も摺りを重ねることにより、複雑な色合いを作り出す。そして風景の中にアクセントとなる人物を配することで、旅情を感じさせる絵となっている。「昭和の広重」と言われたのも、むべなるかな。

巴水自身は、小林清親の「光線画」の影響を受けたと述べているように、夜景に浮かび上がる光、それに照らされる水面などが見事に表現されている。そして雪景色も美しい。光と影の対比が、木版画と言う手法によって、味わい深いものとなっていると感じる。

連休初日、開館直後の平塚市美術館は空いていて、好きな絵の前を何度も行ったり来たりして、繰り返し見ることができた。写真撮影が許された絵がいくつかある。

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旅みやげ第二集《金沢下本多町》(1921年

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東京二十景《芝増上寺》(1925年)

《芝増上寺》は川瀬巴水の中でも最も人気のある版画の一つであり、最高の 3,000枚が売れたと言う。

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東海道風景選集《馬入川》(1931年)

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東海道風景選集《馬入川》(1931年)

歌川広重を慕う作風が強く出ているという批判を払拭するために、東海道風景選集は手がけられたそうで、巴水は宿場町とは異なる場所を選んでいる。《馬入川》の変わり摺りが展示されていた。

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《鶴が岡八幡宮》(1931年)

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増上寺の雪》(1953年)

文部省文化財保護委員会から木版画技術記録事業の対象に選ばれた川瀬巴水は、馴染み深い増上寺の雪景色を題材にした。42回もの摺りを重ねている。制作は渡邊、彫師は佐藤寿録吉、摺師は斧銀太郎。版元のもとで、絵師・彫師・摺師が協力して作り上げる伝統的な木版画の制作過程が記録され、そのすべての資料が東京国立博物館に保管されている。

芝公園にオフィスがある僕にとっても、増上寺の三門(三解脱門)は馴染み深い場所であり、川瀬巴水の描く雪景色には、時代が異なるもののどこか懐かしさを覚えてしまう。

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今回の展覧会では、本や雑誌、カレンダーや絵はがきといった、巴水のさまざまな仕事が紹介されている。絵はがきやカレンダーは、今でも十分ニーズがあると思う。

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川瀬巴水展」図録

平塚市美術館をあとにして、先週見つけたばかりの「隠れランチスポット」に車を走らせる。藤沢ジャンボゴルフという練習場にあるニューオータニのレストランである。ゴルフクラブを持たずに練習場に来るのは、初めての経験かもしれない。ホテルのような雰囲気のクラブハウスにあるレストランでランチ。そして購入してきたばかりの図録をゆっくり楽しんだ。

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muranaga-golf.hatenablog.com

川瀬巴水の作品集は何冊か出版されている。いずれも渡邊庄三郎と歩んだ新版画を中心に、巴水の生涯の仕事を辿ることができる。