Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

湘南をドライブして美術館カフェへ:「湘南を描く 入江観展」(茅ケ崎市美術館)

ふと思い立って、湘南をドライブ。茅ヶ崎市美術館のカフェ「ルシュマン」にランチを食べに行く。NHK「アートシーン」で茅ヶ崎市美術館の「湘南を描く 入江観展」が紹介され、数ヶ月前にこのカフェで食べた個性的なランチプレートを、もう一度食べたくなったのである。

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雄大な富士山の姿を見ながら新湘南バイパスをドライブする。横浜の自宅から 1時間もかからずに茅ヶ崎市美術館に着いた。

www.chigasaki-museum.jp

入江観は茅ヶ崎に長年住む風景画家。何気ない日常の風景でありながら、抒情性を感じる作品が並んでいる。

入江観《海辺の丘》1995年

入江観《突堤の人々》2018年

入江観《双雲》2019年

美術館の Web サイトから今回の展覧会の概要紹介を引用しておく:

1922(大正11)年創立の歴史ある美術公募団体・春陽会を舞台に活躍し、国内を代表する洋画家・入江観(1935- 茅ヶ崎市在住)の展覧会を開催します。入江は東京藝術大学在学中からフランスの画家、ポール・セザンヌに傾倒し、1962(昭和37)年にフランス政府給費留学生として渡仏、モーリス・ブリアンションに学びながら、ヨーロッパ絵画におけるコンポジションの重要性を体得しました。帰国後、一時期スランプに陥りましたが、やがてセザンヌの影響を離れ、日本の風景を題材に、独自の透明感をたたえた画風を確立して現在も描き続けています。にじみ出る叙情性をバランスよくコントロールして表現される絵画世界は、故郷の日光や長年暮らす茅ヶ崎という現実の風景をもとにしながら、いつしか画家の内面性を伴った理想の風景に昇華されているようです。 本展覧会では、近年制作された作品と、茅ヶ崎市美術館や個人が所蔵する入江作品のなかから、湘南を描いた代表作を中心に展示します。静謐にして清澄な絵画空間をご堪能ください。

海の風景を堪能した後は、お目当てのカフェへ。今日は寒いのでトマトチーズリゾットを。野菜がみずみずしい。冬の週末の小確幸

茅ヶ崎市美術館のカフェ「ルシュマン」

新湘南バイパスの藤沢インターと、横浜新道の戸塚インターの間は、大がかりな工事が進められている。横浜湘南道路高速横浜環状南線の工事である。これらが完成すると、圏央道の神奈川県区間が完成し、釜利谷ジャンクションまでつながることになるが、工事の進捗は遅れているらしい。

2023年初の美術館巡りは、サントリー美術館から山種美術館へ。国宝の障壁画・日本の風景画を楽しむ

晦日・元旦は老親と過ごし、2日、3日は箱根駅伝を見ながらの寝正月。体重もだいぶ増えたので、4日から活動を開始する。

2023年初の美術館巡りは、サントリー美術館「京都・智積院の名宝」展から、山種美術館「日本の風景を描く」展へ。

「京都智積院の名宝」展は先月訪れているが、展示替えされた後期展示を楽しむ。気兼ねなく何度でも行けるのが会員のメリットである。

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国宝となっている長谷川等伯一派の大きな障壁画群と再会、改めてその迫力を感じる。そして今回は最後に展示されていた《根来塗舎利塔》の精巧な作りに心を動かされた。

前回は HARBS でランチしたので、今回は酢重ダイニング六角にて。窓際の席からの眺望を楽しみつつ、カロリーも気にしながら「鉄板カツ」をいただく。

そして次の目的地である山種美術館へ。特別展「日本の風景を描く ―歌川広重から田渕俊夫まで―」を見る。

Web サイトより、展覧会概要を引用する:

日本の風景は古くから美術の題材として描き継がれてきました。特に19世紀、江戸後期には、街道が整備され人々の旅に対する意識が増し、日本各地の宿場や名所を捉えた歌川広重の浮世絵風景画が高い人気を得ます。明治に入ると、西洋の写実的な風景画が日本にもたらされたことや、日本各地の風土への関心が高まった風潮により、目の前に広がる身近な自然が描かれはじめます。さらに昭和の戦後には、抽象的な表現や画家の心に刻まれた景色も風景画に取り入れられるようになり、日本の風景の描かれ方が多様化していきました。

本展では、宿場や名所を中心に抒情豊かな風景を表した歌川広重の《東海道五拾三次》や《近江八景》、自然とともに日常を営む人々を取材した川合玉堂の《早乙女》、送電塔の立つ農村風景という現代的な情景を描き出した田渕俊夫の《輪中の村》などをご紹介します。風景画の名手たちが描いた数々の優品とともに、日本の風景の魅力をご堪能いただければ幸いです。

浮世絵の歌川広重に始まり、菱田春章、川合玉堂東山魁夷といった名だたる画家たちが描く風景画が一堂に並ぶ。その様子は『美術手帖』の記事にも紹介されている。

bijutsutecho.com

今回の特別展では、石田武の《四季奥入瀬》の構図・色使いが目を引き、絵葉書を購入した。特に冬を描いた《四季奥入瀬 幻冬》。雪に埋もれる川の水の色の深さが、雪の白と対照的で、個人的にはとても美しく感じた。もともと図鑑のイラストレーションを描いていて、それから日本画家に転じたとのこと。

今回、石田武の名を初めて知った気になっているが、実際には《四季奥入瀬》の《秋韻》と《幻冬》の二つは、おそらく 2020年10月に開催された特別展「東山魁夷と四季の日本画」でも展示されていたものである。したがって今回が初対面ではなく、再会ということになる。当時は東山魁夷の《緑潤う》や《年暮る》の緑や青の色使いが記憶に残っていて、一緒に展示されていた作品の記憶がおぼろげである。今回《四季奥入瀬》の 4枚がすべて揃うことで、改めて印象深く心に刻まれた。

石田武《四季奥入瀬》(1985年)

石田武《四季奥入瀬 春渓》(1985年)

石田武《四季奥入瀬 瑠璃》(1985年)

石田武《四季奥入瀬 秋韻》(1985年)

石田武《四季奥入瀬 幻冬》(1985年)

展覧会の中で撮影可能な一枚は、米谷清和《暮れてゆく街》である。これも 1985年、昭和60年の作品で、渋谷の街が描かれている。今はなき東急東横店南館。手前には西口バスターミナルやモヤイ像も見える。子供の頃から慣れ親しんだ渋谷の街を懐かしく思い出させてくれる作品であった。

米谷清和《暮れてゆく街》(1985年)

心象風景も含むさまざまな日本の風景画が並び、新年早々、清々しい気持ちで美術館をあとにした。

ところざわサクラタウンの角川武蔵野ミュージアムで、ゴッホと本の世界に入り込む

早朝、ゴルフ場に忘れ物を取りに行った帰りに、ところざわサクラタウンまで足を伸ばし、角川武蔵野ミュージアムを訪ねる。関越自動車道の所沢インターから 10分、あるいは JR武蔵野線東所沢駅から徒歩 10分のところにある。

寒い。ミュージアムの開館は朝10時。少し早く着いたのでタリーズのホット・モカマキアートで、体を温める。

ミュージアムの建物はまるで岩のような特徴的な形をしていて、遠くからでも目を引く。事前にオンライン購入したワンデーパスポートで入館、企画展「ファン・ゴッホ ー僕には世界がこう見えるー」に向かう。

kadcul.com

これはフロア全体、壁と床360度に投影されたゴッホの絵が移り変わる映像と音楽で、ゴッホの見ていたであろう世界に没入するデジタルアート展示である。

30分の映像がエンドレスに繰り返される。会場にはハンモックやクッションが用意され、リラックスして映像を体感することができる。

ゴッホ独特のカラフルな色、太い筆のタッチ。大きな映像に囲まれているので、まるでゴッホが描いた絵の中に入り込んだような体験となる。通常の絵の展覧会とは違った、なかなか貴重な体験であった。

角川武蔵野ミュージアムの他の展示も見てまわる。

マンガ・ラノベ図書館は、37,000冊のコレクション。僕はほとんどこの手の本をほとんど読まないが、KADOKAWAコミック誌ラノベのコマーシャル映像制作の仕事に関わっているので、親しみを感じる。

エディットタウンは、松岡正剛監修の「本の街」。25,000冊もの本が集められている。自由に読んでいい。マニアックな本も多く、本好きなら1日過ごせそうな空間である。普段出合えないような本を見つけることができるだろう。このストリートの奥には、本棚劇場がある。約 8m の高さの巨大図書空間である。

本の空間の一角に、荒俣宏のコレクション「荒俣ワンダー秘宝館」がある。今回は「魚っとこ水族館」が開催されていた。荒俣宏らしい、マニアックなコレクションである。

kadcul.com

アベンジャーズ展」はワンデーパスポートとは別料金なので入らず。お腹が空いたので、サクラタウンの角川食堂にて、カレーランチ。

武蔵野坐令和神社にお参りして、ところざわサクラタウンをあとにした。

国宝である長谷川等伯一派の障壁画が何枚も!「京都・智積院の名宝」展(サントリー美術館)

今年は静嘉堂文庫美術館、トーハクと国宝を見る機会が多かった。最後を飾るのは京都・智積院の門外不出の国宝、長谷川等伯一派の障壁画である。サントリー美術館にて、5点もの大きな絵が展示されていて、迫力満点である。

寺外では初の試みとして「楓図」「桜図」「松に秋草図」を一挙同時展示。さらには長谷川等伯の傑作とされる「松に黄蜀葵図」を寺外初公開。智積院にはこんなに多くの障壁画が残されていたのである。

www.suntory.co.jp

Webサイトから展覧会の概要を引用する:

京都・東山に建つ智積院は、弘法大師空海(774~835)から始まる真言宗智山派の総本山で、全国に末寺約3,000を擁します。高野山中興の祖といわれる興教大師覚鑁(1095~1143)の法統を受け継ぎ、後に隆盛を極めた紀伊国根来寺山内で室町時代中期に創建されました。天正年間には豊臣秀吉政権の下で一旦衰退しますが、その後、徳川家康の寄進を受け、江戸時代初期には現在の地に再興を遂げました。この地には元々、秀吉の夭折した息子・鶴松(棄丸)の菩提を弔うために建てられた祥雲禅寺があり、長谷川等伯(1539~1610)と息子・久蔵(1568~93)が描いた名高い金碧障壁画群も、智積院による手厚い保護を受けて今日まで大切に守り伝えられてきました。

本展は、国宝「楓図」「桜図」など、誰もが知る障壁画群を初めて寺外で同時公開し、桃山時代の絢爛豪華な抒情美にふれる貴重な機会となります。また、国宝「金剛経」や重要文化財孔雀明王像」の他、仏堂を荘厳する仏教美術の貴重な優品や、近代京都画壇を代表する堂本印象(1891~1975)による「婦女喫茶図」に至るまで、智積院が秘蔵する多彩な名宝を一堂に公開します。

それにしても 2022年後半は、トーハクの国宝展静嘉堂@丸の内、そして今回のサントリー美術館と、国宝づいている。

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いつものように HARBS でランチ。東京ミッドタウンのクリスマスの飾りつけは、都会的なお洒落さが感じられる。

英国食文化の歴史を辿る「おいしいボタニカル・アート 食を彩る植物のものがたり」(SOMPO美術館)

学術資料としての精緻な写実性と、美しい芸術性が共存するボタニカル・アートが好きである。SOMPO美術館で開催されている「おいしいボタニカル・アート 食を彩る植物のものがたり」展は、英国キュー王立植物園の食用となる植物を描いたボタニカル・アートを通して、英国の食文化の歴史を辿る展覧会となっている。

www.sompo-museum.org

17世紀の大航海時代、珍しい植物を追い求めたプラント・ハンターたちの周辺で多くのボタニカル・アートが描かれた。今回の展覧会は、食用の植物ということで、野菜、果実、茶、コーヒー、チョコレート(カカオ)、砂糖(サトウキビ)、アルコール、ハーブやスパイスが描かれた作品が展示されている(出品リスト PDF)。

さらに古いレシピや当時のティーセットや食卓の様子の再現展示を通して、英国人がさまざまな植物を食していった変遷を感じることができる。

18世紀末から19世紀初頭のティー・セッティング

アーツ・アンド・クラフツ運動の時代の喫茶文化

ヴィクトリア朝のダイニング・テーブル・セッティング

最後は美術館所蔵のセザンヌりんごとナプキン》。

セザンヌりんごとナプキン》(1879-80年)

展覧会をみた後は、雨の高速を運転して、両親の家に向かう。施設に入居している母とは 5分だけ面会、車がない父のためにさまざまな買い物をする。植物が好きな父は、マンションに住んでいた時にベランダを植栽でいっぱいにしていたが、田舎の一戸建てに引っ越すことで、庭を持つことができた。その庭には、花が綺麗に咲いている。収穫したミカンをありがたくいただく。

単独の休日でもあったし、雨であった影響もあるだろう、高速道路の渋滞もなく、スムースに往復することができた。

すべてが国宝という展示に圧倒される特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」

週末の金曜日、少し早めに仕事を終えて、トーハク創立150周年記念の特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」へ足を運ぶ。入手できたチケットの入場時間は 16:30-17:30。東京文化会館で早めの夕食を済ませて、17時過ぎに会場に入る。指定時刻より 30分ほど入場をずらしたお陰で、大きな混雑に巻き込まれることなく観覧することができた。

tohaku150th.jp

夜のトーハク

表慶館

特別展「国宝」は平成館で開催されている

展覧会は 2部構成となっており、第1部は「東京国立博物館の国宝」、第2部は「東京国立博物館の 150年」。

現在、国宝に指定されている美術工芸品は全国に902件あり、東京国立博物館ではその約 1割となる 89件を所蔵している。第1部では、この国宝89件すべてを会期中に公開する。展示替えがあるため、長谷川等伯《松林図屏風》や岩佐又兵衛《洛中洛外図屛風(舟木本)》などを見ることはできなかったが、雪舟《秋冬山水図》や狩野永徳《檜図屛風》、久住守景《納涼図屛風》などを堪能する。

絵画、書、刀剣、漆工芸、さらには古代の埴輪、銅鐸、鏡。「これでもか」と国宝が並べられていて、圧倒される。なんといってもすべての展示品が国宝なのだ。89件の国宝は、Webサイトで紹介されている。

図録から実際に見た国宝のごく一部を紹介する:

雪舟等楊《秋冬山水図》 室町時代 15-16世紀

久住守景《納涼図屛風》江戸時代 17世紀

埴輪 挂甲の武人(けいこうのぶじん) 古墳時代 6世紀

竜首水瓶(りゅうしゅすいびょう) 飛鳥時代 7世紀

第2部で紹介されるトーハクの歴史については、Webサイトから引用する:

東京国立博物館は、150年という日本でもっとも長い歴史をもつ博物館です。第2部では明治から令和にいたる博物館150年の歩みを3期に分け、それぞれの時代に収蔵された作品や関連資料を通して東京国立博物館のこれまでと現在、そしてこれからを展望します。

第1章 1 8 7 2 - 1 8 8 5 博物館の誕生

東京国立博物館は、明治5年(1872)に旧湯島聖堂大成殿で開催された博覧会を機に誕生しました。その目的は、博覧会を通して日本の近代化を図ると共に、日本の文化力を国内外に発信すること、そして急激な西欧化で危機的状況にあった文化財を守ることであり、博物館に加え、植物園、動物園、図書館の機能を備えた総合博物館を目指した壮大なものでした。明治15年(1882)、この日本初の近代総合博物館は、上野公園の現在地へ拠点を移し、その活動を本格化させます。

第2章 1 8 8 6 - 1 9 4 6 皇室と博物館

明治19年(1886)、博物館は宮内省所管となり、3年後に「帝国博物館」、さらに11年後に「東京帝室博物館」と改称されます。国家の文化的象徴、さらには皇室の宝物を守る美の殿堂と位置付けられ、歴史・美術博物館としての性格を強めていきます。この帝室博物館の時代に、関東大震災による本館の損壊と復興、戦争による文化財疎開という大きな出来事を経験すると共に、収蔵品や調査研究の充実が図られ、現在に続く博物館活動の基礎が築かれました。

第3章 1 9 4 7 - 2 0 2 2 新たな博物館へ

終戦後の昭和22年(1947)、当館は国民の博物館として新たな一歩を踏み出しました。そして今日まで、組織の拡充と改編、施設の増改築を重ねつつ、変わることなく文化財の収集保存、展示公開、調査研究に取り組むと共に、最新技術の導入、新たな研究領域の開発、文化財活用の充実など、つねに社会や時代の変化に応じた博物館活動に挑戦しています。今この時も変わることなく変わり続ける新たな博物館、それが東京国立博物館なのです。

第2部の展示より、《金剛力士立像》、菱川師宣見返り美人図》が写真撮影可能であった。

金剛力士立像》(阿形と吽形)平安時代 12世紀

菱川師宣見返り美人図》江戸時代 17世紀

美しい装丁の図録も素晴らしい。300ページ超で事典のようにずっしり。大判の写真で掲載された作品とその解説、東京国立博物館の 150年の歩みが記されている。

夕食をとった東京文化会館では、フジコ・ヘミングの公演が行われていた。その公演が終わる前に、レストラン・フォレスティーユで夕食を済ませた。仕事を早く上がり、上野に出かけ、ビールを飲み、展覧会を見る。至福の金曜日であった。

「特別展 没後80年記念 竹内栖鳳」(山種美術館)

「静嘉堂@丸の内」を楽しんだ後は、山種美術館で開催されている「特別展 没後80年記念 竹内栖鳳」に足を運ぶ。美術館の Web サイトにある概要紹介を引用する:

近代京都画壇の中心的存在として活躍した竹内栖鳳(せいほう) (1864-1942)。栖鳳は、円山・四条派の伝統を引き継ぎながらも、さまざまな古典を学びました。1900(明治33)年にパリ万博視察のため渡欧、現地の美術に大きな刺激を受けた栖鳳は、帰国後、西洋絵画の技法も取り入れ、水墨画など東洋画の伝統も加味して独自の画風を確立し、近代日本画に革新をもたらしました。栖鳳の弟子・橋本関雪(かんせつ)によれば、動物を描けばその体臭まで描けると栖鳳自身が語ったというその描写力は、高く評価され、今なお新鮮な魅力を放っています。また優れた教育者でもあった栖鳳は、多くの逸材を育て、近代日本画の発展に尽くしました。

没後80年を記念し、山種美術館では10年ぶりに竹内栖鳳の特別展を開催します。本展では、動物画の傑作にして栖鳳の代表作《班猫》【重要文化財】をはじめ、東京国立博物館所蔵の《松虎》(前期展示)、個人蔵の初公開作品を含む優品の数々とともに、その画業をたどります。さらに、京都画壇の先人たち、同時代に活躍した都路華香(つじかこう)や山元春挙(やまもとしゅんきょ)のほか、栖鳳の門下である西村五雲(ごうん)、土田麦僊(ばくせん)、小野竹喬(ちっきょう)らの作品もあわせて紹介します。また弟子の一人、村上華岳(かがく)による《裸婦図》【重要文化財】を特別に公開します。

近代日本画の最高峰といえる栖鳳の傑作の数々、そして京都画壇を代表する名だたる画家たちの名品をご堪能ください。

竹内栖鳳といえば《班猫》であろう。町で見かけた猫にインスパイアされた栖鳳は、飼い主からその猫を1枚の絵と交換で譲り受けた。

竹内栖鳳《班猫》1924年

竹内栖鳳《班猫》1924年

竹内栖鳳《班猫》1924年

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