Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

ライフサイクルイノベーション

キャズム」の著者ジェフリー・ムーアによる最新刊 「ライフサイクルイノベーション」にざっと目を通した。その内容は ここにコンパクトにまとめられているし、原著のサイトで図表などを見ることもできる。

この本で扱っている命題は「コモディティ化する世界でどう競争優位を作り出すか。」そのために必要となる差別化のためのイノベーション経営資源のシフト、イノベーションの抵抗となる社内の慣性力への対処などを描く。

イノベーションについては、市場のライフサイクル(成長・成熟・衰退)と、ビジネス・アーキテクチャ(コンプレックス型、ボリュームオペレーション型)の観点から 14種類に分類している。そしてそれぞれについて、簡単な事例が紹介されている。これらのイノベーションを組み合わせて、総和ベクトルとして競争優位を築いていくことを説いている。各章の終わりに、少し詳細な分析を加えているのはシスコである。広範な製品を扱い、そのライフサイクルとビジネス・アーキテクチャに応じて、シスコが取り組んでいるイノベーション戦略を紹介している。

こういったイノベーションを実現するための、経営資源の再配分がこの本の主題である。ビジネスがコモディティ化する中にあって、何が自社のコアで何がコンテキストなのか。ミッションクリティカルなのかそうでないのか。コンテキストからコアへの資源配分をどのように行うのか。そのガイドラインが提示される。成熟サイクルにあるビジネスだと、ミッションクリティカルだけどコアでないコンテキストに、余分に資源を使っている。そこからコアへ再配分するべきであり、それを行うためのステップが展開される。

全体を通して、「イノベーションのジレンマ」「イノベーションへの解」「ブルーオーシャン戦略」などの事例・知見を総括したような印象を受ける。イノベーションの分類、事例との対応は少々「後づけ」の知識という感は否めない。イノベーションの現場は、このような形で分類・整理されるようなきちんとしたものではない。新しい価値を生み出すためのアイディア、その実現に向けた情熱的な取り組み、つまり「人」こそがイノベーションの源泉である。それはいわば「ものづくり」にかける信念であり、もっと泥臭いものである。こういうことのできる人材を掘り出して活用すること、組織的に巻き込んでいくこと。この実現こそが、われわれ経営者の頭を悩ます最も難しい課題である。本書でも人材のローテーションについてある考え方を示しているが、人材流動性の高い米国を前提とした理想的なモデルケースで、現実にはなかなかこうはいかないと感じてしまう。

また今回は、「キャズム」で見られたように新しい視点・切り口をわれわれに与えてくれるような概念の提示はない。本の最後に、用語集(原著では Darwin's Dictionary と呼んでいるらしい)がまとめられているが、原題の Dealing with Darwin というほど深掘りされた「理論」があるわけでもない。期待が大きかった分、少し残念な気がする。

とはいえ、経営者やマネジャーが現状を整理して、イノベーション戦略を考える際に参考になるであろうし、思考のフレームワークを与えてくれると思う。すなわち、自社の製品がどういうライフサイクルにあるか、競合がどういうイノベーション戦略をとっているか、その中にあってどの種類のイノベーションを組み合わせていくかといった論点の整理がしやすくなる。

翻訳について。「コンプレックスシステム」「顧客インティマシー」「ボリュームオペレーション」のように、こなれていないカタカナ語訳が多いように思う。また参考文献がリストとしてまとめられていないのも気になる。原著ではどうなのだろうか。

ライフサイクル イノベーション 成熟市場+コモディティ化に効く 14のイノベーション キャズム
イノベーションのジレンマ (―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)) イノベーションへの解 利益ある成長に向けて (Harvard business school press) ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する (Harvard business school press)