ミトコンドリアに関する本をまとめて読んでいる。ミトコンドリアの基本的な概念を学ぶことができる入門書が『ミトコンドリアのちから』(『ミトコンドリアと生きる』を改稿・改題)である。この本ではミトコンドリアを「危険なエネルギープラント」と呼ぶ。酸素というきわめて危険な物質を安全に利用してエネルギー(ATP=アデノシン三リン酸)を生産するからだ。
16億年前という太古の昔、酸素を使ってエネルギーを作る生物が別の生物に入り込み、これがのちに真核生物に進化した。入り込んだ生物はミトコンドリアとなり、その DNA の一部は宿主の細胞核の中に保管されるようになる。ミトコンドリアは酸素を使うので、組織を破壊する活性酸素を作り出してしまう。ミトコンドリアの遺伝情報を活性酸素から隔離するために、その DNA の一部は宿主の核の中で保管されるようになったのだ。この「共生」により遺伝情報の巨大化が推進され、多細胞生物へと道が切り開かれたのである。
おりしもカンブリア紀を迎え、地球の中の酸素濃度が増えたために、ミトコンドリアが活発に働き、生物は大きなエネルギーを獲得できるようになった。酸素が増えることにより、カンブリア大爆発が起こったと考えられるのだ。しかもオゾン層ができたために紫外線が遮断され、生物の陸上進出も促進されている。
ヒトの DNA の変異分布を用いて、人類のルーツを探る分子人類学・分子遺伝学という学問がある。核 DNA と違い、ヒトのミトコンドリア DNA にはほとんど遺伝情報に無駄がない。したがって塩基配列の変異が子孫にまで残る性質がある。この変異の度合いを調べることで、自分たちのルーツを探ることができるのである。しかもミトコンドリア DNA は母系にしか遺伝しないため、系統を単純化して調べることができる。
分子人類学の進歩により、現生人類ホモ・サピエンスのアフリカ起源説が多地域進化説よりも支持されるようになった。原人・旧人が各地で独自の進化を遂げて現生人類になったのではない。約10万年前に人類共通の祖先がアフリカを出て、全世界に拡散していったのである。このアフリカ起源説は「ミトコンドリア・イブ」説とも呼ばれ、われわれの共通の祖先が一人の女性に行き着くことが示された。
人類拡散の潮流の中、現代人や古い人骨に残された DNA を解析することにより、日本人のルーツを探ったのが『日本人になった祖先たち―DNAから解明するその多元的構造』である。アフリカを出た人類がどのような道をたどって東アジアにたどり着き、日本に渡ってきたのか?縄文人と弥生人との関係は?わくわくするような探求の旅である。DNA 分析の限界を明らかにし、また結論を急がずに地道に仮説を検証していく真摯な研究が伝わってくる文章となっている。
お酒に強いか弱いかは ALDH2 という酵素が正常に働く(アセトアルデヒドを酢酸に分解する)かどうかで決まるが、これを決めている DNA は一箇所変わっただけの違いだそうだ。この ALDH2 変異遺伝子の分布を見ると、日本ではお酒に弱い人が他の国々よりも多いことがわかる。欧米やアフリカにはほとんどいない。そしてこの変異は中国南部で起こった突然変異が全世界に広まっていったと考えられている。日本でお酒に弱い人が多いのは、中国から渡来した弥生人によるものなのかもしれない。
分子人類学を欧米人の視点で書いたのが『遺伝子で探る人類史』である。宗教にも配慮しつつ(たとえばインテリジェント・デザイン説)、ネアンデルタール人と現生人類の関係、人種の違いといった点が詳述されている。
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