Muranaga's View

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新産業革命:『ロングテール』『フリー』の先にクリス・アンダーソンが見ている世界

Wired の編集長クリス・アンダーソン(Chris Anderson)は、『ロングテール』『フリー』の先に、どんな世界を見ているのか?

それはクラウドソーシング(crowdsourcing)を活用した "C to B" (customer to business) の製造業。設計ツールが個人でも購入できる価格になり、中国の工場へのアウトソースが Web ベースでできるようになったため、ほんの数人で「マイクロ工場(micro factory)」を作り、製造メーカーを起業することが可能となった。デジタルコンテンツやソフトウェア(ビット)だけでなく、ハードウェア製品(アトム)もロングテール化し、そこに一般の人々が参加できる「新産業革命」の時代の到来である。

クリス・アンダーソンは、"In the Next Industrial Revolution, Atoms are the New Bits"(Wired Feb. 2010、「次の産業革命では、アトムが新たなビットとなる」)という記事で、自分の体験を交えながら、未来の製造業を描き出している。この記事のメインアイディアは、数分のビデオにまとめられている。以下は、この「新産業革命」の記事の要約(抄訳)である。


Wird New Revolution

マイクロ工場の例:Local Motors

数人で製造業を起業したマイクロ工場の事例として、Local Motors を紹介する。この会社が開発した Rally Fighter(5万ドル、オフロード・レーサーだが公道も走れる)は、クラウドソースによるデザインに基づき、できあいの(off-the-shelf)部品を選び、顧客自身が地域の組み立てセンターで組み立てる("build experience")車である。スケッチから市場投入まで18ヶ月、そのデザインはクリエイティブ・コモンズCreative Commons)のライセンスのもとで共有され、顧客は自分で部品を追加して他の人に売ることもできる。

Rally Fighter のプロトタイプは Local Motors の作業場で作られたが、製造は Factory Five Racing が実施した。これはキットカーの会社であり Local Motors へ投資している。キットカーは有名なレーシングカー、スポーツカーをベースにモデル化するので、訴訟やライセンスフィーの負荷があり、成長・収益性に限界があった。

この問題を Local Motors の CEO Jay Rogers は回避した。まったくオリジナルのデザインを、ボランティアのコミュニティに実施してもらったのである。コミュニティの中でデザインのコンペを行い、もっとも人々をとりこにした Sangho Kim(30歳、グラフィック・アートの学生)のデザインが採用された。賞金を出すことはもともとは計画されていなかったが、Local Motors は1万ドルを彼に渡している。

エクステリアをコミュニティがデザインし、Local Motors はシャシー、エンジン、トランスミッションを設計して選んだ。Penske Automotive Groupダッシュボードのダイヤルや新しい BMWディーゼルエンジンにいたるまでの部品提供に協力している。このように、プロが走行性能・安全性・製造可能性にクリティカルな要素を扱い、コミュニティが車の形やスタイルを決める部分をデザインするというコンビネーションにより、車のような生死にかかわるような製品でもクラウドソーシングが可能であることが示されている。

Local Motors は1モデルあたり 500台から2000台を売るという計画であり、大手自動車メーカーと競争するのではなく、ユニークなデザインを志向するニッチな市場を狙っている。Local Motors のフルタイムの従業員は 10人(今後、各地にビルドセンターを作ると 50人になる)。ほとんど在庫を持たない。購入者が決まり、支払いが行われて、車の組み立て日が予約された後に、部品を調達してキットを準備する。


Wired New Revolution

Jay Rogers は36歳。ハーバードの MBA ホルダーでもあり海兵隊イラクにも行き、中国で起業してもいる。700万ドルの資金調達で Local Motors を立ち上げた。黒字化までに十分な資金と見ている。Harvard 時代に Threadless という Tシャツのデザインのクラウドソーシングの事例を学んだ。車はTシャツより複雑だが、共通なことがあった。それは車やTシャツをデザインできる人は、それを仕事にして給料を貰っている人よりも、ずっとたくさんいるということである。Rogers はデザインを勉強した学生の 30% 以下が学校を卒業後に車会社に就職していると見積もり、残りの70%以上が車のデザインのコンペ・コミュニティの候補になると考えた。そして今 Local Motors は 5,000人の会員を持っている。10人の従業員に対して、5,000人のボランティアの貢献者たち。この 1:500 という比率が産業を再発明するのである。

次の10年に起こること:産業の民主化・アトムのロングテール

過去10年を一言で言うと、Web 上で "post-institutional social model"(ポスト組織化・制度化のソーシャルモデル)を発見する時代であった。そして次の10年はそれをリアルワールドに展開する時代になるだろう。それは産業の民主化であり、会社・政府・組織から一般の人々へ産業が移ることを意味する。

インターネットが出版・放送・通信業を民主化し、デジタルなものすべて、すなわちビットのロングテールにわたり人々が参画できるようになった。同じことが生産の現場で起こりつつある。もの、すなわちアトムのロングテールに、人々が参加するのである。

工場生産のためのツールは、電子回路の組み立てから 3Dプリンティングに至るまで、個人で使えるようになっている。アイディアとちょっとした専門知識があれば、誰もがラップトップPCを叩いて、中国の組み立てラインを動かすことができる。数日後にはプロトタイプが届き、それをチェックしたら数100でも数1000単位でもフル生産することができる。それはバーチャルなマイクロ工場であり、製品を設計して販売することが、何のインフラも、倉庫さえも持たずに可能となる。製品は組み立てられると同時に顧客に直送される。マイクロ工場では自動車からバイクの部品、家具にいたるまで、何でも作ることができる。かつてはラップトップPCを持った3人でWeb会社を起業したものだが、今ではハードウェア会社を作ることも可能になったのだ。

MIT の Eric von Hippel 教授は、「ハードウェアはソフトウェアのようになってきている。」と言った。コモディティとなった材料に包まれた知的財産権(できあいのチップを駆動するプログラムコードや、3D 設計)の勝負になったというだけではなく、ソフトウェアと同様、共通の基盤、使いやすいツール、Web ベースのコラボレーション、インターネットによる流通が可能になったことに基づいている。参入障壁が低くなったことで、かつての音楽業界や新聞業界と同様、多くの人がなだれ込んできている。

アカデミックな言い方をすれば、グローバルなサプライチェーンがスケールフリーになって、小さなガレージから大きなソニーにいたるまで、同じように提供されるようになったと言える。この変化は二つの要因による:

  1. 安価で強力なプロトタイピング・ツールができて、エンジニアでなくても使えるくらいに易しくなった。
  2. 経済危機を経て、中国の工場ビジネスがさらに柔軟に、Web でカスタム生産ができるものに変わった。これは大量生産よりも利益率が高い。

その結果、オンラインで起こったイノベーションがリアルワールドにも起こった。ピア・プロダクション、オープンソースクラウドソーシング、ユーザ生成コンテンツ、こういったデジタルでの潮流がすべて、物理的なもの、すなわちアトムの世界にも起こり始めている。つまり、アトムが新しいビットになっているのである。

すべてはツールから始まる

プロトタイプ製作を容易にするツール群を紹介する。

  • MakerBot
    • Bre Pettis とそのハードウェア技術者チームは、机上に置ける3Dプリンターを $1,000 を切る価格で出した。既に500セットが売れた。
    • これはデジタルファイルからプラスチックの部品を作り出す。0.33mm 厚の溶解した ABS の糸をひねり出して、オブジェクトを作り出す。
    • さらに 0.2mm のプロトタイプ、回転するカッターを持つヘッドをつけてプリンターを CNC ルーターに変えたりもしている。
  • ケンブリッジ大学3Dモデル化技術や、3D モデルを作成・編集する GoogleSketchUp を組み合わせて、ReplicatorG にプログラムコードを渡せば、数分でまったく新しい物理オブジェクトを手に入れることが出来る。
  • $18,000 の ShopBot PRSalpha:ドアの大きさの木材を扱うことが出来る。
  • より小さなキットは $1,500 で buildyourcnc.com で入手できる。
  • 金属を扱うのであれば、$2,000 ほどの CNC mill
  • 電子回路であれば無料の CadSoft Eagle でプリント基板を設計、ファイルをアップロードすれば、Advanced Circuits のようなところから数日でモノが届く。
  • CNC レーザーカッター、プラズマカッター、ウォータージェットカッター、旋盤も同様。宝石から車体までを扱うことが出来る。そうやってハンドクラフティングで $200M の売り上げを上げた Etsy がある。さらには Arduino のようなオープンソースの電子機器ハードウェアや、3D モデリングにより、より複雑なものが開発できるようになってきている。


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個人が製造する方法

ツールの進化とあいまって、新産業革命時代を可能としている二つ目の要素は、製造が個人の手に開かれて、プロトタイプからフル生産までをやれるようになったことである。かつて大企業でしかできなかった製造業を、個人企業家でも可能なようにしたのは中国の工場における二つの変化である:

  1. 中国が Web 中心の社会になった。オンラインで受注、顧客と電子メールでやりとりし、クレジットカードや PayPal で支払える。
  2. 経済危機により、コモディティよりも利益率の高いカスタム・オーダーの機会を求めるようになった。

中国の工場へのアクセスには Alibaba.com をチェックすればよい。Alibaba.com は製造業・製品開発に関する中国最大のアグリゲーターで、英語で自分が作りたいものを扱う会社を探し、中国語・英語相互翻訳の IM で問い合わせることができる。問い合わせると数分で「できる、できない」という反応が返ってくる。これは、CEO の Jack Ma が "C to B" (customer to business) と呼ぶビジネスである。DIY の動きの中で個人の起業家がビジネスを始めるのに適した方法である。

夢のかなえ方(How to Build Your Dream)

産業が民主化する時代には、すべてのガレージがマイクロ工場になれる。すべての市民がマイクロ起業家になれる。すばらしいアイディアを、すばらしい製品に変えるやり方は次の通りである:

  1. Invent(発明する):
    • 特許局の Web サイトをチェックして先にアイディアが出ていないか確認しよう。
  2. Design(デザイン・設計する):
    • 無料の BlenderSketchUp で 3D デジタルモデルを作ろう。あるいは誰かの設計をダウンロードし、自分のアイディアと結合させよう。
  3. Prototype(プロトタイプを作る):
    • MakerBot のようなデスクトップの 3D プリンタが $1,000 以下で買える。ファイルをアップロードして、ABS プラスティックで自分のビジョンが形になるのを見つめよう。
  4. Manufacture(生産・製造する):
    • ガレージが手狭になったら、グローバルにアウトソースしよう。Alibaba.com で中国のパートナー工場を見つけることができる。
  5. Sell(販売する):
    • SparkFun のようなオンラインストアを通じて直接顧客に販売しよう。あるいは、Yahoo や Web Studio のような会社を通じて自分の EC サイトを始めよう。

こういったことが現実の世界で起こっていることを、TechShop を来訪することで確認することができる。DIY の作業スペースを提供しており、月 $100 ほどで最新のプロトタイプ作成のツールを使うことができる。ここではロケット着陸のベースや、電力網のための基板などが作られている。Kinko's が印刷を民主化して全国展開のサービスを作ったように、TechShop は製造を民主化することを狙っている。グローバルだが、需要が分散しているニッチな市場に向けて、個人が製造業を起業することがますます注目を浴びている。

BrickArms も、個人が始めた製造業の一つの例である。レゴそのものは大量生産ラインで作られるが、デンマークの大きな玩具企業が手を出さない、ギャップを埋めるビジネスとして、レゴのフィギュアが持つ武器(例:AK-47)を生産している。SolidWorks の 3D ソフトウェアで設計したファイルを、$1,000 もしないデスクトップの CNC ルータ Taig 2018 mill に送り、プロトタイプを作っている。それをファンに見せ、気に入ってもらえたら 1,000 個レベルの生産を米国で行っている。

新しい産業革命の時代へようこそ

Sun Microsystems の創業者の一人である Bill Joy は「あなたが誰であれ、最も賢い人の多くは他の会社で働いているものだ。」と言った。インターネットにより、そのベストの人材とつながることができるようになったのだ。一つの会社内で働くことの方が、オンラインでプロジェクトを走らせるより、コスト高になる場合もある。プロジェクト遂行のために、隣のキュービクルにいる人よりも、グローバルなオンライン市場から才能ある人を見つける方が易しい。興味を共有したコミュニティが、そのプロジェクトを実行するために存在する。

これが新しい産業の組織モデル(the new industrial organizational model)である。会社は小さく、仮想的で、インフォーマルで、ゆるく結びついている。多くの参加者は従業員ではない。プロジェクトが起きるたびに、能力や必要性に応じて、人々は組織化される。

最後に著者自身の経験が語られる。クリス・アンダーソン自身も DIY Drones というコミュニティサイトを作り、自動操縦の無線飛行機を作ろうとしている。ジャイロスコープが安価になってきたからだ。3年前、商用オートパイロットは $800 から $5,000 と高価であり、専売(proprietary)であった。実は $300 以下でも利益の出るユニットが作れるはずである。

このプロジェクトでは、メキシコに住む21歳の組み込み機器と飛行機設計の専門家を、立ち上げたコミュニティサイト DIY Drones で見つけた。彼は Arduino に行き、オートパイロットの基板を設計した。ブレッドボードでの動作を確認すると、CadSoft Eagle でカスタムプリント基板を設計した。よいと考えられる設計が出来上がるたびに、PCB ファブにアップロードし、数週間後にはサンプルが自宅に届き、それをどんどん改良していった。

販売には小売の SparkFun と提携。ここはオープンソースのハードウェア・コミュニティのために設計・製造・販売を行う会社である。コロラドにある2階建ての建物で営業している。ここでプリント基板に部品を乗せ組み立てていく。プリント基板は中国の会社から届く。そこでは何百万もの基板が一つあたり数セントで作られている。

たったこれだけだ。倉庫も持たず研究開発に時間を割くことができる。SparkFun では時間がかかる場合は、自分たち自身で小さな SparkFun をガレージの中に作っている。最初の1年、$25万の売り上げが上がりそうである。うまくいけば3年で $100万のビジネスになるだろう。

重要なことは、このわれわれの新しいビジネスは、グローバルであり、ハイテクであるということだ。顧客の 2/3 の売り上げは米国以外からであり、かつロッキードボーイングといった大会社のローエンド製品と競争している。多くの従業員を雇ったり、大きく儲けたりはしないが、技術コストを 1/10 にまで下げることができる(その多くは知的財産権への支払いをしないことによる)。消費者に影響を与え、市場における価格付けをリードすることで、市場を劇的に変え、多くの今までとは違う顧客に製品を届けることができる。低コスト化は、技術の民主化の方法でもあるのだ。

米国の製造業の経済はいまだに世界一である。そのすべてが縮小していくわけではない。年売り上げ $25M の小さな製造業の多くは、2桁成長が見込まれている。こういった小さな企業はどこまで大きくなれるだろうか?この記事で描いた企業の多くは 1,000個レベルの事業であり、10,000個も売れば大成功である。その中にあって大企業になったのは、骨伝導のノイズキャンセルのできる無線ヘッドセット Jawbone を作った Aliph である。1999年に Stanford の卒業生2人が作ったベンチャーが、いまや何百万ものヘッドセットを売っている。工場は持たない。生産はすべてアウトソースしている。1,000人以上が Jawbone ヘッドセットを作るのを支援しているにもかかわらず、 Aliph は80名強の従業員の会社である。究極の仮想製造会社である。Aliph がビットを作り、パートナーがアトムを作り、一緒になってソニーと戦っているのである。

Welcome to the next Industrial Revolution. 次の産業革命の時代へようこそ。

本ブログにおける英文記事のメモ・まとめ


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