Muranaga's View

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『はやぶさ --- 不死身の探査機と宇宙研の物語』

数々の苦難を乗り越え、2010年6月13日に小惑星探査機「はやぶさ」は地球に帰還した。大気圏再突入の様子を今か今かと Ustream で待ち、数分の遅れはあったものの、オーストラリアのウーメラ砂漠上空で閃光のように光る映像を確認した夜。あの興奮は今もまだ鮮明に記憶に残っている。


Hayabusa reentry

吉田武『はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語』は、2010年6月の時点では、この探査機について一般向けに書かれた唯一の本である。はやぶさは3億キロの彼方にある小惑星イトカワに、そのサンプル採取を目的として旅立った。この本の帯にあるように、はやぶさ

  • 2003年5月9日:打ち上げ
  • 2005年11月20日小惑星イトカワ」へタッチダウン
  • 2005年11月26日:「イトカワ」から上昇
  • 2005年12月8日:通信トラブルで消息を絶つ。帰還絶望視される
  • 2006年1月23日:地上との通信復活
  • 2007年4月25日:帰還に向けた本格的運転再開
  • 2010年6月13日:大気圏再突入
という困難を乗り越えてきた。この本は2006年11月に書かれており、「帰ってこい!はやぶさ」というメッセージで終わっていたが、2刷で今回の帰還の部分が加筆されている。

この本では糸川英夫ペンシルロケットに始まる日本の宇宙開発史が描かれ、その継承として「はやぶさ」があることがわかる。「はやぶさ」との通信は数bpsで、地上から16分もかかる。指令を送ってからその確認までのかなりの時差があるわけだが、その間に起こるであろうことを予測しつつオペレーションしなければならない、超・遠隔操作のロボットが「はやぶさ」である。また宇宙と言う過酷な環境でサバイヴできるよう設計された組込みシステムでもある。イオンエンジンの故障、通信システムの故障など数々のトラブルを、制御プログラムを書き換えることで対応してきた。それは人智を尽くしたオペレーションである。

この本は時系列に従って記述されていないため、必ずしも読み易いとは言えないが、まさに不死鳥ともいえる「はやぶさ」を裏側を知ることができる。

吉田武氏は『虚数の情緒―中学生からの全方位独学法』『オイラーの贈物―人類の至宝eiπ=-1を学ぶ』の著者であり、理工系の教育に心をくだいている。以下の記述が印象的だ。「理学は、真理の探求であり、工学は善の実現である。そして、藝術は美の表現である。」(P.180)理学と工学とがペアを組んで、宇宙開発を行うことの意義が熱く謳われている。

7月下旬に山根一眞『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』が刊行される予定。こちらも早く読みたい。


はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書) 小惑星探査機 はやぶさの大冒険 虚数の情緒―中学生からの全方位独学法 オイラーの贈物―人類の至宝eiπ=-1を学ぶ

追記:2010.7.8

小惑星を調べて太陽系の起源を探る理学と、小惑星探査を実現する技術開発の工学。その融合が「はやぶさ」であり、日本の宇宙開発を支えている(松浦晋也「理学と工学」)。理学に重きを置けば観測機器が重視されるし、工学の技術開発の立場からは衛星本体が重要になる。したがって、その「理学と工学の融合」は一筋縄ではいかない。さらにはどろどろとした組織内部の問題もあるようである(松浦晋也「はやぶさ2にむけて:最後の障壁は身内にあり…か」)。

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