Muranaga's View

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『五感でわかる名画鑑賞術』にみる美術鑑賞の極意

西岡文彦『五感でわかる名画鑑賞術』は、『簡単すぎる名画鑑賞術』の続編に相当する。前作はタッチの変遷に焦点を当てた興味深い鑑賞ガイドとなっていたが、本作は著者自身の個人的な経験をふまえたエッセイの要素も持っている。

第1章で紹介されている美術鑑賞の極意をまとめておく。作法に縛られず、リラックスした状態で、自分らしい感覚と感受性で作品を鑑賞するための極意である。

極意その1 画家の名前を見ない

  • 絵のそばについている名札そのものを見ない。
  • たいせつなのは、他人の決める「よしあし」ではなく、自分でもわかる「好き嫌い」に忠実な目で絵を見ること。
  • 名札で名前を確認したくなるのは、「好き嫌い」より「よしあし」を優先する心理のあらわれ。
  • まず絵を見ること。

極意その2 好きな順、好きな速さで見る

  • 見たくもない絵で満腹してしまい、目あての絵の味までわからなくなってしまう。
  • 大切なのは、自分なりのペースで絵と向かい合う時間を、日々の暮らしの中に見出すことである。

極意その3 額縁に、わき見してみる

  • 画集ではわからなかった名画のドラマが見えてくる。
  • 絵の持ち主や買い手の存在が実感されて「ライブ」な迫力が加わる。
  • モナ・リザ』は額縁にのサイズに合わせて、名画の左右のふちを切断したという説まである。
  • フェルメールの『レースを編む女』が額縁の面積が、絵そのものよりも上回っている。

極意その4 ともかく近くに寄って見る

  • 絵の具の凹凸、筆のあとから生身の画家の手法や手腕が見えてくる。
  • これでもかと絵の具を盛り上げるゴッホの試行錯誤のプロセス。あるいは塗り残しがリアルな臨場感を見せる。
  • 一見筆のあとの見えない『モナ・リザ』やフェルメールにも、画面のすみを見ると大胆なタッチが残っている。

極意その5 なるべく、あちこちから眺める

  • 彫刻は全方位からチェックしたうえで、ベストの角度をさがすのが鑑賞の醍醐味。

極意その6 必ず飲み食いをする

  • 味や香りと結びつき、いつまでも鮮烈によみがえる名画の記憶が刻まれる。

極意その7 必ず買い物をする

  • 絵はがきもカタログも自分が自分に買うおみやげ。迷ったら、とりあえず買っておくのが正解。

極意その8 いちばん好きな絵を選ぶ

  • 作品の「よしあし」の世評や批評はどうであれ、自分の「好き嫌い」でベストをみつけて帰る。
  • ともかく会場では好きな絵だけを見る。その後にもう一度全体を見回して、いちばん好きな作品を見つけて帰りたい。

極意その9 好きな理由を考える

  • 好きなものには必ず理由がある。その理由がわかれば自分自身がよくわかる。
  • 自分なりのマイ・ベストがたまり、自問自答するうちに、色や形や風景への好みがわかってきたりする。

極意その10 必ず誰かと話してみる

  • きちんと自分の話を聞いてくれる人との会話から、自分も知らなかった自分自身が見えてくる。
  • 正解を求めて合意に達するための話し合いではない。むしろ意見の対立や平行線を楽しむくらいの気持ちで話してみたい。

「極意その4 ともかく近くに寄って見る」ために、画家の筆致に迫る道具が、単眼鏡である。僕にとって、美術鑑賞には必携のアイテムになった。

また『原寸美術館』のシリーズも、画家の手元を見る画集としては必携である。

原寸美術館 画家の手もとに迫る

原寸美術館 画家の手もとに迫る

原寸美術館 日本編 画家の息吹を伝える

原寸美術館 日本編 画家の息吹を伝える

若冲原寸美術館 100%Jakuchu! (100% ART MUSEUM)

若冲原寸美術館 100%Jakuchu! (100% ART MUSEUM)

そして「極意その5 なるべく、あちこちから眺める」の実践、さまざまな角度から彫刻を見るということでは、横浜美術館で開催された「ヌード NUDE」展でのロダンの『接吻』を思い出す。

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その他、この本に示されている美術鑑賞の上で参考になるポイントをメモしておく。

  • モネは刻々と変化する風景の印象を残すために、光線の具合が変わるたびにキャンバスを変えて連作を残した。光の粒子をまぶしたような描写が明るいアウトドア感覚を生む。
  • 17世紀のフェルメールの時代がバロックと呼ばれるのに対し、18世紀の美術様式はロココと呼ばれる。スペインやオランダに代わってフランスが世界の覇者になりつつあり、宮廷美術が開花する。その中でも市民生活の一コマを描くシャルダンのような画家もいた。
  • 職住分離のこの時代から父親不在の絵画となる。また静物画には、宗教的な題材に見えないものの寓意として描き込んだものが登場する。たとえばザクロはキリスト復活、葡萄は最後の晩餐のワイン、麦の穂はパンを意味している。
  • シャルダンのパンの粉をふいたような質感、立体としての実在感が素晴らしい。その極致がコップの水を描いた作品。モノトーンながらコップに輝くハイライトが水を美味しそうに見せている。
  • 19世紀の印象派を可能にしたのは、チューブ入り絵の具の発明。モネは屋外に油彩の道具を持ち出して、光の印象を連作として残した。マネは「こんなところで、こんなヌード?」という衝撃の『草上の昼食』で物議をかもした。
  • 油彩と水彩では「もの」としての迫力が違う。厚塗りできる油の持ち味は、まず画面に近づいて実感すべきである。絵の具を油で溶く手法はルネサンスの少し前に絵画に応用され始めた。それまではテンペラという卵の黄身で絵の具を解く技法や、フレスコという漆喰に水溶性の絵の具で描く手法がとられていた。
  • 油彩ならではの写実技法を完成させたのは、フランドル絵画の巨匠ファン・アイク兄弟であり、その細密描写はレオナルド・ダ・ヴィンチをはじめとする後世の画家に多大な影響を与えている。画期的だったのは重ね塗りであり、微妙な陰影表現を可能にし、さらにはハイライトの光点を打つことで、宝飾品や衣服の質感をみごとに描き出している。
  • レオナルド・ダ・ヴィンチは薄い絵の具を重ね塗りして、写真のようななめらかなぼかしを表現した。油彩のぼかしを極限まで追求し、その境地に到達してしまった史上最高の画家と言える。『モナ・リザ』では塗り一回ごとに乾燥を待って薄塗りを繰り返すことで、筆の跡を残さず無限の階調を見せている。この技法は「グレーズ(graze)」と呼ばれるが、レオナルドの場合「スフマート(sfmato)」、すなわち煙のような微妙なぼかしと称される。
  • 生乾きの漆喰に水溶性の絵の具で描く技法がフレスコである。壁画は漆喰の乾燥とともに耐水性を持つ。乾燥する前に描くことになるので、画家はは迅速な描写力と決断力が求められる。大作は「ジョルナータ」と呼ばれる区画に分割して描かれた。『最後の審判』は 14m x 12m、約 450 のジョルナータからなる。ミケランジェロは 5年と数ヶ月の長い年月の間、5日間で一つのジョルナータを完成していたことになる。超人的な持続力の持ち主。
  • 一方、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』は 4.5m x 9m。絵画の制作に思索と試作の長い時間をかけるレオナルドは、フレスコではなく油彩を使った。しかしこれが大失敗で、完成後数年もしないうちに、壁から剥がれ落ち始めてしまった。
  • 絵の具の選び方だけでなく、下地も大きな影響を与える。板に描くか、キャンバスに描くかも大きな違い。ボッティチェリ『春』と『ヴィーナスの誕生』を比べるとよくわかる。同じテンペラで描かれながら、板の上の『春』には無数のハッチングが見える。これに対してキャンバスに描かれた『ヴィーナスの誕生』の陰影・色調は微妙で、ハッチングのあとはあまり見られない。キャンバスの表面の弾力が表情に富んだ描線をもたらし、表面を筆でこすると布目の凸部に絵の具がついて、点描の効果を上げる。線描のハッチングとは比較にならない、微妙な階調を生む。
  • そして驚くべきことに『モナ・リザ』は木の板に描かれている。キャンバスの効果を借りずに精妙な描写をし得たレオナルドの真価がわかる。

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