トーハクで特別展「正倉院の世界」を観た後は、早めのランチを済ませ、東京都美術館の「コートールド美術館展 魅惑の印象派」へ向かう。多くの印象派・ポスト印象派の傑作が観られる展覧会なので、しばらく並ぶのを覚悟していたのだが、意外や意外、待ち行列に並ぶことなく入ることができた。あまり名前の知られていない美術館だからだろうか?(一方、上野の森美術館で開催されている「ゴッホ展」は、朝から行列ができていた。)
イギリスの実業家、サミュエル・コートールドがフランスの印象派の魅力を母国に伝えるために収集した絵画の数々。美術史の研究拠点がロンドンに設立された時に、そのコレクションを寄贈、コートールド美術研究所の展示施設として出発したのが、コートールド美術館である。現在、改修が行われているため、門外不出の作品たちが来日した(作品リスト PDF)。
マネ晩年の傑作《フォリー=ベルジェールのバー》は、物憂げで少しぼんやりとした瞳の女性と、その後ろにある鏡の中に映り込んだミュージックホールの様子が描かれている。鏡に映る像が右にずれている不思議な構図の絵である。鏡の中のボトルも、現実とは違う配置で映っている。X線検査の結果、マネはあえて現実にはあり得ないこの構図で描いたことが判明している。
コートールドはセザンヌの作品を最も多く購入した。この展覧会では10点もの作品が展示されており、見応えがある。
お馴染み、サント=ヴィクトワール山である。この山の写真も展示されていたが、なるほど、不思議な形をした山である。セザンヌは何枚も何枚もこの山を描いている。セザンヌは、リアルな形態の山を描くというよりは、いったん対象である山を分解して再構成した。複数の面から構造を構成したり、複数の視点からの描写を一つの絵の中に統合したり。さまざまな試みの一つが、この展覧会でも展示されていることになる。
《カード遊びをする人々》は、同じテーマで5つ描かれており、たとえばオルセー美術館にも同じ題の絵がある。サント=ヴィクトワール山と同様、セザンヌにとっては普遍的なテーマであったのかもしれない。実はこの絵を観るのをちょっと楽しみにしていた。というのも、僕にとっては目から鱗の読書体験であった『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』で、この絵を取り上げて鑑賞法を紹介していたからだ。今回、その知識を実践するというか、再確認する場になった。
この絵の主役は二人、二つのフォーカルポイントがある。これを連携させるために、二人ともカードを持った腕を突き出して「結び目」としている。「結び目」をそれと感じさせず、この絵のテーマそのものずばりを表している。さらにこの二人は、さまざまな点で対照的になっている。ジャケットとズボンの色がそれぞれ互い違い。帽子の縁が描くカーブが上向きと下向き。カードの色も明暗がつけられている。二つのフォーカルポイントを結びつけるために、さまざまな構成の工夫が凝らされているのである。このように、絵画を読み解く基本的なリテラシーを身につけるために、『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』は一読の価値があり、オススメである。
図録はコンパクトでしゃれた装丁。表紙は《フォリー=ベルジェールのバー》である。コートールドが美術研究所であることもあるのか、研究が進んでいるのだろう、一つひとつの絵対する解説が詳しい。それに加えて、東京大学の三浦篤教授が《フォリー=ベルジェールのバー》について、詳しい論考を寄せ、鏡像のずれなど、この絵の数々の謎について解説している。三浦先生は絵画の見かたについての講義を『まなざしのレッスン』という本にまとめているが、その第2巻の表紙が、《フォリー=ベルジェールのバー》であるし、『エドゥアール・マネ 西洋絵画史の革命』という著書もある。
今回、図録だけではなく、2020年のカレンダーも買ってしまった。マネ、ルノワール、ドガ、ゴッホ、セザンヌ…。毎月、魅力的な作品に出合うことができる。8月はモネ《秋の効果、アルジャントゥイユ》、10月はスーラの点描《クールブヴォワの橋》である。美術館でこの実物を単眼鏡で拡大して覗いてみると、実にさまざまな色の絵具が、意外とも言える組み合わせで置かれていた。
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