Muranaga's View

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藤田真央と東京都交響楽団が対話する新しいシューマンのピアノ協奏曲(東京文化会館)

週末の金曜日、少し早く仕事を切り上げて上野へ。東京文化会館で開催される東京都交響楽団の定期演奏会を聴きに行く。不思議キャラの天才、藤田真央君がシューマンのピアノ協奏曲を弾くのだ。彼の生の演奏を聴くのは初めてで、とても楽しみである。

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夕暮れの上野は夜風が気持ちいい。文化会館2階の精養軒・フォレスティーユで、黒ビールを飲みながらの夕食。コンサート前のちょっとした幸せな時間である。

フォレスティーユでの食事

演目は次の通り:

藤田真央のアンコール曲:

最初の曲はロシアのウクライナ侵攻が長引く中、新たに取り上げられたものだ。ウクライナ在住の作曲家による美しいメロディで、平和への祈りが奏でられる。

そしていよいよ藤田真央君の登場。しかも大好きなシューマンのピアノ協奏曲。ピアノのところに歩いてくる姿を見るだけで、その天然の不思議キャラがにじみ出ていて、思わず微笑んでしまう、そして一度鍵盤の前にすると、繊細なタッチで美しい旋律を奏で始める。都響コンサートマスター矢部達哉さんが「真央君、神の子、不思議な子」とツイートしていたが、まさに天賦の才能である。

実は第1楽章が始まった時は「あれ?」という印象だった。今まで聴いたことのないゆったりとしたテンポ。その中にミスタッチもあって、これからどうなるのかと思ったのだが、杞憂だった。

曲が進むにつれ、どんどん乗ってきて、第2楽章、第3楽章では、オーケストラと対話するようなハーモニーをとても楽しそうに実現していた。時折オケの方に顔を向け、「僕はこう弾いたけど、君たちはどう弾く?」そんなやりとりが聞こえてきそうな演奏。心の底から楽しんでいるのが伝わってきた。聴いたこのない、新しいシューマンのピアコンだった。

拍手喝采の後のソロのアンコールは、モーツァルトを弾くように、繊細なタッチで柔らか、そして粒の揃った美しい音色であった。曲はラフマニノフ編曲のバッハ、無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ。もっともっと聴いていたかった。

休憩を挟んで、R. シュトラウスの《英雄の生涯》。こちらもオーケストラの楽器がよく鳴って、素晴らしい演奏だった。やはり生のオーケストラは凄い。大音量の音が、空気の振動として直接に体に感じられるのは、ライブならではの醍醐味である。

英雄の生涯》の英雄は、R. シュトラウス自身である。定期演奏会のプログラム冊子である『月刊 都響 22年4月号』に掲載されている解説によれば、

彼の交響詩の中でもとりわけ長大な《英雄の生涯》は 1898年、シュトラウスの壮年期に完成された。内容は、一人の英雄=作曲家が、敵=批評家たちに非難されながらも、伴侶の愛を支えにし、敵と戦って勝利を収め、自らの業績を誇りながら、最後の隠遁生活に入る、というものである。(中略)この英雄が作曲家本人に重ねられていることは(自身は否定しているものの)、業績を描く部分で自分の過去の様々な作品の一節を次々と引用していることなどから明らかだ。(寺西基之)

英雄を支える伴侶を表すヴァイオリンを、コンマス矢部達哉さんが美しく奏でる。まるで言葉を話しているかのよう。同じく『月刊 都響』のインタビューを引用しておく:

英雄の生涯》は、R. シュトラウス交響詩の中でも、一番の傑作だと思います。コンサートマスターが弾くヴァイオリンの長いソロは、やはり技術的にも音楽的にも非常に難度の高いものですが、一番の難しさとは、いくら自分でプランを立てても意味をなさないことですね。(ソリストの自由度が高い)協奏曲とは違って、指揮者の解釈の枠組みの中で、ソロがどうあるべきかを捉えなくてはなりません。それでいて、やはりコンチェルトのように聴こえるべき箇所もあるので、それを指揮者の解釈とどう織り混ぜ、妥協せずに相乗効果を生み出せるかがポイントになります。

もちろんヴァイオリンだけではない。管弦楽のすべての楽器が入れ替わり立ち替わり活躍する。生でオーケストラの演奏を聴くと、それを目で見て確認できる。典型的なところでは、途中トランペット隊が退場して、舞台裏から演奏するというバンダも見られた。舞台袖のモニターを通して指揮者を見ながらの演奏であったらしい。

指揮者の大野和士さんが、長大なこの難曲を暗譜していらしたのも凄い。主旋律を奏でる楽器が次々と交代していく。R. シュトラウスらしい勇壮な音色が会場全体に響き渡る。「自分の解釈に基づいて、これだけの大きさのオーケストラをコントロールしているのは、きっと指揮者冥利に尽きるのだろうな。」大変だろうけど、何だか楽しそうに指揮棒を振っているように感じられた。

久しぶりに生のオーケストラを聴いて、とても充実した時間を過ごすことができた。大満足の演奏会であった。

定期演奏会のプログラム冊子である『月間 都響』は曲の解説が詳しい。全て英訳もついている。スコアを引用したより深い解説もあり、読み応え十分の冊子である。

藤田真央君の不思議キャラはリハーサル後のインタビューでもよくわかる。

今回の藤田真央のシューマンのピアノ協奏曲が、いかにユニークで新しい演奏だったか。若きツィメルマンと亡きカラヤンによる演奏と聞き比べるとよくわかる。