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橋本幸士『物理学者のすごい思考法』:最先端の理論物理学研究者の日常を知る

超ひも理論素粒子論という最先端を研究する理論物理学者は、一体どういう思考をしているのか。どのような日常生活を送っているのか。そしてどういう少年時代を過ごしたのか。橋本幸士教授による『物理学者のすごい思考法』は、その一端をつまびらかにしてくれる楽しい科学エッセイである。

橋本先生は、日常に潜むさまざまな現象から課題を設定し、物理学や数学の思考を使って解決する。餃子の皮を余らせない、スーパーで人にぶつからないなど、さまざまな問題について、その物理学的思考によるアプローチの一端を紹介してくれる。

関西人だからだろうか、必ず話にオチがある随筆となっている。自らボケ突っこみをしていたり、理系研究者が陥りがちな思考の罠に、至極まっとうに突っ込む奥さんの存在が素晴らしい。

学会に向かうバスが大混雑、明日はどのくらい早くバス停につけばその混雑が避けられるだろうか?物理学者は瞬時に頭の中で計算をする。その時の物理学的思考は4つのステップからなると言う:

  1. 問題の抽出
  2. 定義の明確化
  3. 論理による演繹
  4. 予言

あるいは、

  1. 現象の観察
  2. 現象の原因と発生に関する仮設の設定
  3. 理論計算による予測
  4. 予測の検証

という研究手法に則って、渋滞に巻き込まれた時に、この渋滞がいつ解消するかを予測する。

日頃からこういう思考を行っているからだろう。理学部の研究者同士は、

「あらゆる記述において、まず仮定を明らかにし、次に計算に用いる法則を明示して、それに基づき計算を実行し、最後に計算結果の物理的解釈を述べる」(P. 161)

という「理学部語」でのコミュニケーションを行っている。

超ひも理論という想像を絶するような難解な理論を研究する物理学者の頭の中など、全く自分とは異なり、きっと別世界だろう。そう思っていたが、少年時代にレゴや迷路作成に夢中になったとか、思わぬ共通点も見出したりして、僕も理系の端くれだったことを思い出させてくれる。そうそう、切符に印刷された4桁の数字から四則演算で10を作る数遊びは、僕の周囲でも流行っていた。

橋本先生は『超ひも理論をパパに習ってみた』、『「宇宙のすべてを支配する数式」をパパにな習ってみた』という本も著している。昔読んだ時のメモを紹介しておく:

(2015年4月)
超弦理論に代表される理論物理学者の考え方、生活の一端が垣間見える本。残念ながら超弦理論は到底理解できそうにないが。『大栗先生超弦理論入門』との併読がおススメ。

(2018年5月)
シリーズ第2弾の「標準模型」解説を呼んだのを機に、再読。素粒子をひもと考え、異次元のコンパクション、ブレーンを仮定することで、重力を含む場の統一が図れるという「超ひも理論」のさわりを示す。
素粒子物理学理論物理学者が女子高校生の娘とその友達に「標準模型」の数式を解説する「場の量子論」超入門。「超弦理論入門」に続くシリーズ第2弾。

標準模型の数式をいきなり示し、その各項が重力、電磁気力・弱い力・強い力、粒子・反粒子、湯川相互作用、自発的対称性の破れをそれぞれ表していること、各関数が素粒子すなわち場を著していることを、少しづつ説明していく。各項で行われる計算が、ファインマン図として示され、それが素粒子の生成・消滅・動きといった現象となる。

その数式の意味するところをごくごく大まかに触れ、理論物理学者たちが日々何に取り組んでいるのか、「標準模型」と拡張について、その一端を知ることができる本である。