Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

大栗博司『重力とは何か』『強い力と弱い力』『超弦理論入門』:宇宙論・素粒子論・超弦理論への骨太な啓蒙書 3部作

理論物理学者の思考を知る橋本幸士先生の楽しいエッセイを読んだら、むくむくと素粒子論、宇宙論の本を読みたくなり、ミチオ・カク『神の方程式』を新たに読んだり、大栗博司先生や村山斉先生の一般向けの啓蒙書を本棚から引っ張り出して読み直している。以前読んだのは10年前、ヒッグス粒子が発見された頃だから、最新の研究はもっとアップデートされていることだろう。

muranaga.hatenablog.com muranaga.hatenablog.com muranaga.hatenablog.com muranaga.hatenablog.com

今回改めて、大栗先生の『重力とは何か』『強い力と弱い力』『超弦理論入門』の新書「3部作」が、非常によい啓蒙書であると感じた。相対性理論量子力学、「標準模型」による素粒子論、超弦理論超ひも理論)を紹介する。難しい数学を使わなければ決して理解できない難解な理論の本質を、そしてその理論の背景にあるロジックを、視覚的なイメージやたとえ話を使って、できるかぎり一般の読者にわかるように説明をしている。非常に骨太で読み応えのあるものになっている。

10年前の読書メモを思い出しながら、改めてこの「3部作」を振り返る。

『重力とは何か』は、気鋭の素粒子論の研究者が最新の理論物理学の考え方を易しく解説。重力に関する七つの謎に始まり、それを解明するニュートン力学電磁気学相対性理論を紹介する。E = mC2 という有名な式に著される質量とエネルギーの等価性、時空間が伸び縮みし、空間の歪みによって重力が生まれる世界が、相対性理論の描くものである。

独立して発展してきた相対性理論量子力学の統一への道は困難を極める。量子電磁気学、場の量子論の基本的なアイディアを、歴史的エピソードも交えながら紹介している。重力以外の、電磁気力・弱い核力・強い核力を統一的に説明する「標準模型」に至る歴史である。

そして最後は、大栗先生の研究テーマ、相対論と量子論を統合する試みである超弦理論超ひも理論)を説明する。超弦理論はまだ完成をみていないが、ホーキングが提起したブラックホールの情報問題などを解決している。最新のホログラフィー原理にいたっては、少ない次元へ投射する中で、重力理論は使わず、量子力学のみで計算ができるらしい。このように最新鋭で難解な理論の意味するところを、数式を使わず、素人にも何とか感じさせようとする数々の試みに成功している。

『強い力と弱い力』では、ヒッグス粒子の発見によりその正しさが示された素粒子の「標準模型」、重力以外の電磁気力・弱い核力・強い核力を統一的に説明するモデルの全貌を解説する。「標準模型」構築の過程は、自分たちの根源を問う人類の叡智の積み重ねの歴史である。超弦理論超ひも理論)を専門とする理論物理学者、「標準模型」を知り尽くした大栗先生による最新素粒子物理へのガイドブックである。

同じ新書による素粒子物理学の啓蒙書でありながら、村山斉先生の本(たとえば『宇宙は何でできているのか』)と比べると、より本格的で骨太。村山先生の本が物質を構成する素粒子から始めるのに対して、この本は「力とは何か」「質量とは何か」から入って、標準模型に至るアプローチをとっている。したがって「場」の概念をきちんと導入する。そのうえ、耳慣れない素粒子の名前がたくさん出てきて、正直に言って、読むのにかなり苦労をする本である。

また数式の代わりに、理論物理学者たちがふだん議論している時のたとえ話や視覚的イメージを使う。より本質的にものごとを捉えるたとえである。その代表が南部陽一郎による自発的対称性の破れに、円形の体育館とその中に並んでいる人間を使っている。体育館自体は対称性を持っているが、その中に並んでいる人間が付和雷同で同じ向きに向きたがる。そのために自発的に対称性が破れているというイメージである。

このような本質的なたとえはいいのだが、たとえば素粒子の質量を生み出すヒッグス粒子を水飴にたとえた、ヒッグス粒子発見当時のマスコミの説明については、間違いだと断じている。

ブライアン・グリーンの『エレガントな宇宙』から12年。理論物理の日本人研究者による最新の『超弦理論入門』が著された。重力理論と量子力学の統一、「標準模型の限界」を越え、「空間」という概念さえ幻想にしてしまう超弦理論超ひも理論)の魅力を、その発展の過程と共に存分に解説する。本来、数式を使わずに言葉だけでは決して説明できない世界。それをわれわれ一般人にもわかる日本語で(力の統一原理を、金融市場のたとえで説明するのは非常にユニーク)、しかも新書というコンパクトなサイズで伝えてくれる。

正直、「超弦理論って数学の世界であって、物理じゃないんじゃないの?」と思っていた。自分たちの住んでいる宇宙が 10次元だとはにわかに信じがたいし、余剰次元が丸め込まれているという話もキツネにつままれたような話である。「標準模型のように実験で確かめる術を持たない以上、科学と言えるのだろうか?」世の中にはそういう議論さえある。

この本は超弦理論のほんのさわりの部分を紹介してくれるだけだが、そのパワフルな説明能力の可能性や、深淵な理論としての美しさを垣間見ることができる。なぜ多くの物理学者たちが惹きつけられてやまないのか、その魅力の一端を、素人で数学がさっぱりの僕でも感じとることができる。

また大栗先生自身の研究も紹介される。理論物理学者がふだんどのように考え議論しているのか。最先端の物理学をわかり易く伝えるもう一人の伝道師、村山斉先生との交流も挿入されている。