Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

山形浩生『訳者解説』

あまりにも個性的な著作家・翻訳者なので好みは分かれるかもしれないが、『クルーグマン教授の経済入門』の初版本を読んで以来、山形浩生のファンである。読み易い翻訳の文体、長い訳者あとがき。それはあとがきというよりは、解説というべきかもしれない。原書の本質をできるだけ多くの読者に伝えようとするサービス精神に溢れている。

そして自らをジェネラリストと称しているが、その間口の広さ。経済学、哲学、心理学、脳科学コンピュータサイエンス、進化論、現代文化…。現代の教養と呼ぶべき領域を、そしてそれらがクロスする境界領域をカバーする。そのことは彼の雑文集『要するに』『新教養主義宣言』で証明済だ。

その山形浩生が翻訳した本の解説だけを集めたのが『訳者解説 -新教養主義宣言リターンズ-』である。この本に収録されているのは、たとえば哲学や脳科学の分野では、デネット『自由は進化する』、ブラックモア『「意識」を語る』。環境問題ではロンボルグ『環境危機をあおってはいけない』『地球と一緒に頭を冷やせ』。インターネットに関する法律ではレッシグの3部作『CODE』『コモンズ』『Free Culture』。そしてオープンソースを語る上で必須のレイモンド『伽藍とバザール』。これ以外にも興味深い本が数多く並んでいる。

こうやって訳者解説だけをまとめて読むと、よい読書ガイドになっていることがわかる。原書あるいは訳書本文を、どうやって読者に読ませるかということが動機づけになっていると思われるが、誤読しないように、難しい本にはわかりやすい要約をつけているし、関連する参考文献を挙げている。山形浩生の解説のよいところは、フェアなところだ。原著の評価できるところ、そうではないところを、自分の意見としてきちんと述べており、その本を読むべきか、あるいは読んだ後にどう進むべきかを判断する材料を読者に提供している。

毒舌ぶりは本書の解説(解説を集めた本の解説)でも健在だ。「もちろん、山形の訳す分厚い本を読もうなどという人は、平均よりは理解力もあれば知的好奇心も高い人だろう。が、一方で日本の読書人たちの「平均」がいかに低レベルかを侮ってはいけないとも思う。たとえば少し下火にはなっているけれど、新書ブームというのがある。そこでベストセラーになった本を書店で立ち読みすると、ほとんどは、一行ですむ話を一章、いや一冊に引き延ばしているだけ。そしてアマゾンでのレビューなどを見ると、多くの人はその一行すらきちんと理解できていない。」

一方で、「それぞれの末尾にある日付と場所を見るとおわかりいただけるように、ぼくの翻訳の多くは、出張先の外国でやっているし、解説もそうした出張先で書いていることが多い。いや、ちゃんと勤務が終わった夜や土日祝日、暴動やストで外出禁止令が出ているときにしかやってませんから、雇用主の方々はご安心を。」という律義でお茶目な一面もある。

この『訳書解説』を読むかどうかを判断するには、この本自体の解説を読むのが一番であるが、「現代の教養」への入り口として、多くの人にこの本をお奨めしたい。個人的にはレッシグの大3部作をすべて読まなくても、解説だけでわかった気にさせてもらえるのがありがたかった。山形浩生がどんな人かまず知りたい人には、彼のウェブサイトを紹介しておく("YAMAGATA Hiroo Official Japanese Page")。さまざまな著作・文章が掲載されている。


訳者解説 -新教養主義宣言リターンズ- クルーグマン教授の経済入門 (ちくま学芸文庫) 要するに (河出文庫) 新教養主義宣言 (河出文庫)