Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

安宅和人「知性の核心は知覚にある」:ファーストハンド、ハンズオンの経験を重視する

安宅和人さんがベストセラー『イシューからはじめよ』で次のようなことを述べていた

  • 一次情報を死守せよ。それを自分なりに感じよ。
  • 現場でどこまで深みのある情報をつかめるかは、その人の判断尺度・メタレベルのフレームワークの構築力が問われる。ここは一朝一夕には身につかない。

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イシュー、すなわち課題の認識・設定が課題解決の質を決めるが、その際にはそもそもの対象の意味を理解すること、すなわち「知覚」が重要であり、質の高い「知覚」は多くの経験を積まない限り、身につかないという訳だ。DHBR に寄せた論文「知性の核心は知覚にある」は、このことを深掘りした論考である。知性とは何かについて科学的に探究した論文ではないが、最初にものごと・対象の意味を理解する知覚について、安宅さんなりの考えをまとめて、その磨き方まで言及している。

この論考をサマライズして、ICCサミット Kyoto 2017 にて安宅さん自身が説明しているので、参照されるとよいだろう。

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AI x データの時代、知的作業の多くが機械に置き代わる。では人間のなすべき仕事とは何か。そもそも知性とは何か、知的作業とは何か。人の思考は情報を処理するだけにとどまらず、川上の段階で、そもそも何を「知覚」するか、意味を理解することこそ、知性の核心である。知覚の質こそが、課題解決の質を決める。豊かな知覚を持ち、課題解決を行うためには、できるだけ多くのファーストハンドな経験を積むべきと説く。

振り返って、今、自分の仕事の多くは、一次情報ではなく、二次情報に基づく判断である。部下からの報告を聞いて、総合的に状況を判断し、次にすべきことを決める。何が本質で、何がそうではないかを常に意識しながら話を聞いて、ファクトを見極めなければならない。経営者として、これまでに培ってきた経験・知見、すなわち「知覚」能力が試されている。

一方、それと同時に「一次情報ではなく二次情報から意思決定をする」という「ファーストハンド」の経験を、今この瞬間も積み重ねていることになる。50半ばも過ぎたこの年齢になっても、僕の経営者としての「知覚」は成長しているのだろうか?

以下、論文の要点をメモしておく。この中で最後にある知覚を鍛えるマインドセットと、五つのコツは心に留めておきたい:

  • 思考は情報処理の三段階(感覚・対象理解・意味理解 → つなぎ込み・統合・メタ認知・知覚 → 判断・実行)の過程を通じて行われる。これが知的活動の全体であり、これを行う能力が知性である。
  • 知覚とは対象の意味を理解すること。周囲の環境を理解するために知覚情報を統合し解釈することである。情報処理の最初の2段階に相当する。
  • 対象の意味を理解することはすべて知覚の問題。人間は価値(意味)を理解していることしか知覚できない。知覚できる範囲は、その人の理解力そのものである。それは ①知的経験の深さ、②人的な経験の深さ、③思索の深さを表している。
  • 芸術家の感性とは現実からのエッセンスの見極め力であり、科学者が自然の中から本質を見極める力と共通している。感性は知性の一部であり、異質なものではない。
  • 人間の思考は脳の活動であるが、五感・感覚器も思考のツールと言える。
  • 脳神経系はつながりだけがあり、情報処理過程と記憶過程が分化していない。「二つ以上の意味が重なりつながった時」と「理解した時」は本質的に区別ができない。理解するとは既知の二つ以上の情報がつながること、連関が起こること。
  • 同じつなぎを何度も使うと、このつながりが強くなる。これが学習である。既知の何かとつながる理解の経験を繰り返さないと、頭には残らない。知識は過去の知覚、理解情報であり、二次的な知覚情報である。
  • 課題解決は知的生産の高度に複合的な姿であり、思考プロセスの入口と出口を横断する典型的な総合力を問われる。課題解決には大きく二通りある。

(A) ギャップフィル型:症状から処方箋を出す医師
(B) ビジョン設定型:マツコ・デラックスのような司会者になりたい若者

  • 世の中の課題解決の9割は(A)。書籍も(A)の処方箋しか書かれておらず、(B)の課題に(A)でアプローチして息詰まるケースが多い。
  • 商品開発には、既存ブランドのライン拡張、既存カテゴリーでの新ブランド開発、新カテゴリーの創造とあるが、3番目のレベルが(B)である。マツコ・デラックスでもない、上田晋也でもない「他の誰とも異なる」新しいカテゴリーの司会者を打ち立てなければ生存できない。
  • ライン拡張は、既存スペックのマップとトレンドの見極めが鍵となる。既存カテゴリーの新ブランド開発は、最もコアになる消費場面の見極めとそれに沿ったベネフィットのデザイン・提供が鍵である。
  • 新カテゴリーの創造は、これまでにない市場ニーズの切り出し、それが実現できるかが勝負になる。一つのアプローチは、ニーズが見えていて既存の方法では実現できないので新しい方法を出すケース。例えばプリウスによりハイブリッド車の提供がそれにあたる。
  • もう一つのアプローチは市場を既存のカテゴリーではないニーズの視点で束ね直し、提供されている商品とのギャップを見極める方法。技術革新が効かない世界でのアプローチで、最もパワフルで再現性のある方法の一つでもある。
  • それは市場を最小消費単位である消費場面・購入場面にまでバラバラにして、求めるニーズ(鍵となるベネフィット)の視点で束ね直し、市場の再構造化を図る。オケージョン=ベネフィットと呼んでいる方法論だが、伝承には非常に苦労してきた。市場の切り分けが難しい、形のないニーズの広がりをMECEに、妄想も広げつつ言語化する。いずれも「知覚」の質と言語化能力の問題である。
  • 課題の性質の見極めにも「知覚」の質が重要であり、その解決のアプローチにおいても「知覚」の質が重要である。課題解決においてセンスが必要と言われるが、センスの本質は「知覚」の質にあった。
  • AIが発達してこまごまとした知識や判断は機械がサポートしてくれるようになったとしても、過去の先人が作り上げてきた知的体系を学ぶことの必要性は変わらない。母国語以外の言語や文化、価値観を学ぶことも含む。体系的な知識や概念の理解は必須である。
  • 細かい知識は機械に任せて、メタレベルの高度な、領域横断的な見識が求められる。また体系的な知識がなければ、どのような問いに価値があるのか、どのようなアウトプットに価値があるのか判断できない。最大の仕事の一つは、正しい問いを正しい相手に正しいタイミングで投げ込むことである。目の前の現実、社会に向かって、インパクトのある問いを生み出すこと、それを解くための意味のある枠組みを整理することが、いっそう大切になる。
  • そして過去の課題に対して、人がどのように向かい合って問いを縦、どのように答えを出してきたかというコンテキストもセットにしなければ、そもそも学ぶことはできない。
  • 日々の知的生産にとって知覚は核心をなしている。知覚を鍛えるにはどうすればよいか。われわれはアナロジー、類似性や関連性の有無で知覚している。知覚できる領域を増やすとは、体感的に理解できる領域、価値を感じられる領域を増やすことを意味している。たとえば生産だけでなくマーケティングもわかる。売り場視点だけでなく物流視点でも見られる、ある物質が役に立つか以前に化学的な意味も理解できる、などなど。

① ハンズオン hands-on,、ファーストハンド first-hand の経験を大切にする。
伝聞から知覚を高めることは極めて困難。手足を動かし頭を動かす。人の感想を気にしない、自分がどう感じるか、どう考えるかを大切にする。
② 言語、数値になっていない世界が大半であることを受け入れる。
感じることを幅広く受け入れられるようにする。瞑想やマインドフルネスはここに通じている。

  • その上で具体的な事象に向かい合うコツは五つある。

① 現象、対象を全体として受け止める訓練をする。
② 複雑な現象の背後にどのようなルール・パターンがあるのかという意識を持ち、現象や対象を構造的に見る。要素にはどのようなものがあるか(何が本質で何がノイズか、本当に一つのものか、別のものか)。要素にはどのような性質があるか(どのような変化をするか、広がり・奥行きがあるか)。要素はどのように関わり合っているか(何が何に働きかけているか、関係はどのようなタイプの力か、全体の振る舞いにどうかかわっているか)。
③ 知覚した内容を表現すること。言語でも絵でも、チャート化するのでも。表現する過程で知覚・気づきを凝縮する力が高まる。
④ 意図的に多面的に見る訓練をすること。思いつく限りの視点やレイヤーから見る。違う視点の人の考えを聴く。
⑤ "so what" を追求すること。どのような意味合いを持つのか、次のステップやその文脈、異なる文脈での意味合いを考え抜く。

乗り始めて4年半、レヴォーグに大きな問題なし

スバルのレヴォーグに乗り始めて4年半、走行距離も 29,000km を超えた。お盆休みにまたしても室内灯を点けっぱなしにして、バッテリーを上げてしまいJAF を呼んでジャンプスタートさせた。その時はディーラーもお盆休みでバッテリー容量を確認できなかったが、それから2週間、ちょうど6ヶ月点検の時期になったので、バッテリー容量も含めて、いくつか気になるところをチェックしてもらった。

  • バッテリー容量:確認したが問題ない。2年半前にもバッテリーを上げてしまい、その際にバッテリー交換している。
  • リアゲートの閉まりが悪くなった:調整を実施。
  • 左前のコーナーセンサーが何もないのに反応する時がある:誤作動の症状を確認できず。
  • 運転支援システム アイサイトが勝手に動作終了した:ログを見ると「視界不良」という記録が残っていた。土砂降り、逆光などでカメラからの映像を使えず、動作終了する場合がある。念のためフロントガラスを綺麗にした。
  • ドライブレコーダーの起動時にピーピーと音が鳴る:SDカードを抜き挿しすることで音は出なくなった。

大きな問題なしということだ。コーナーセンサーは何もない時にふと反応することはあるが、何かに近づくとちゃんと鳴るので、fatal な問題ではない。

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点検には1時間強かかった。ふと展示車を見ると、レヴォーグ STI Sport 特別仕様モデル Black Selection がいる。展示車のマグネタイト・グレーという色は気になる色だ。さらに中には RECARO のシートが装備されている。レヴォーグ STI Sport のシートはボルドー色が特徴的だが、この車は黒が基調。シートの生地もスエードである。

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レヴォーグ STI Sport ブラックセレクション

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レヴォーグ STI Sport ブラックセレクション

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RECARO シート、黒のスエード

10月に開催される東京モーターショーで、フルモデルチェンジするレヴォーグが発表されるらしい。6年ぶりとなる新型の発売は2020年4月頃だろうか?

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安宅和人『イシューからはじめよ』:重要な課題から取り組み、根性論に逃げないことを説く

「適切な課題を見つけるのが、プロフェッショナル」という話を聞いて、思わず「そうだよなぁ」とうなずく。目の前に問題が生じると、すぐに解決し始めようとする僕自身を改めて反省する。そこで改めて読み直した本がある。安宅和人『イシューからはじめよ』である。戦略コンサルタントマッキンゼー)、脳科学者、ヤフージャパンのチーフ戦略オフィサーという経歴の安宅さんが、そのキャリアを通じて磨き上げた思考方法、知的生産のやり方を明かした 10年ほど前のベストセラーである。

イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

多くの人はマトリクスのタテ軸である「解の質」が仕事のバリューを決める、と考えている。そして、ヨコ軸にある「イシュー度」、つまり「課題の質」についてはあまり関心を持たない傾向がある。だが、本当にバリューのある仕事をして世の中に意味のあるインパクトを与えようとするなら、あるいは本当にお金を稼ごうとするなら、この「イシュー度」こそが大切だ。なぜなら、「イシュー度」の低い仕事はどんなにそれに対する「解の質」が高かろうと、受益者(顧客・クライアント・評価者)から見た時の価値はゼロに等しいからだ。

人生を無駄に過ごさないために、必要性の高い重要なイシューに取り組むこと、その上で解の質を上げる(明確に答えを出せる)ことを提唱、そして取り組むべきイシューを選ばずに数をこなすことで解の質を上げようとする「犬の道」を避けること、長時間かけて働いて結果を出す根性論に逃げないことを説いている。

この本を初めて読んだのは2年ほど前のことだ。安宅さんの日本の将来に対する危機感あふれる熱いプレゼンテーション「シン・ニホン」を聴いたのがきっかけだ(安宅さんは同じテーマで何度も講演されているが、たとえば TED x Tokyo の講演をオンラインで見ることができる)。この時に提示された資料(PDF)(この資料は must read である)が、非常にわかりやすく、AI x データ時代の日本に求められる人材像・そのための施策といったメッセージが強く打ち出されていたことに感銘を受けた。そして、彼の知的生産のやり方に興味を持ち、この本を開いた。

その思考・知的生産の大まかなステップは以下の通り。

  1. イシュードリブン:今本当に答えを出すべき問題=「イシュー」を見極める
  2. 仮説ドリブン①:イシューを解けるところまで小さく砕き、それに基づいてストーリーの流れを整理する
  3. 仮説ドリブン②:ストーリーを検証するために必要なアウトプットのイメージを描き、分析を設計する
  4. アウトプットドリブン:ストーリーの骨格をふまえつつ、段取りよく検証する
  5. メッセージドリブン:論拠と構造を磨きつつ、報告書や論文をまとめる

本書では例を取り上げ、わかり易く勘所を説明する。イシューの本質を見極めるために分解して、最初から仮説・サブ仮説を立て、仮説検証のストーリーライン(これは説明のストーリーラインにもなっている)を作ってしまう。このストーリーラインは、作業が進むにつれ、サブイシューに答えが出たり、新たな洞察が得られたりするたびに修正され、磨かれていく。ストーリーラインが知的作業の道標となっている。

このように初めからアウトプットのストーリーを構成して、そこから逆算していくのは、(その質は別として)僕自身もよくやっているが、特にユニークだと感じたのは、ストーリーラインの「絵コンテ」を作るというところである。漫画で言うネーム、映画・アニメの「絵コンテ」と同じである。ストーリーラインを言葉に落とすだけではなく、具体的なデータをビジュアル化して組み合わせていく。僕が苦手なのはこのビジュアル化だと感じる。アウトプット・イメージを文章・ロジックだけではなく、「絵」で考えておくところだ。

その後は、ストーリーラインを道標に、アウトプット志向で調査・分析を進めて、仮説を検証していく。最後はメッセージドリブンで、資料を磨いていく。

本質的なイシューの見極め方、仮説の立て方、イシューの分解の仕方(例:MECE)や型(Where x What x How、例:市場 x ビジネスモデル、3C)、ストーリーラインの型(Why の並べ立て、「空・雨・傘」=課題の確認・深掘り・結論)、分析のやり方(比較・構成・変化)、シンプルに絞り込んだメッセージの構成など、本の中ではさまざまな方法が説明されている。分類の型や思考のフレームワーク(たとえば MECE、3C、ファイブフォース)も紹介されるが、目の前の問題を無理やりフレームワークにはめ込んで、本質を見失ったり、自分なりの洞察が活かせなくなったりする危険性についても言及している。

特に心に残ったメッセージを以下に記しておこう:

  • 「悩む」のは答えが出ない前提、「考える」のは答えが出る前提。仕事とは何かをうみだすためにあるので、「仕事で悩む」ことは無意味である。
  • 一次情報を死守せよ。それを自分なりに感じよ。
  • 現場でどこまで深みのある情報をつかめるかは、その人の判断尺度・メタレベルのフレームワークの構築力が問われる。ここは一朝一夕には身につかない。
  • イシューが見え、仮説を立てたら、言葉に落とす。
  • 本質的な選択肢で、深い仮説があり、答えが出せるのなら、よいイシューである。
  • プロフェッショナルの世界では努力は一切評価されない。本質的なイシューに答えを出すという結果でのみ評価される。

ここで一朝一夕には身につかないと言っている判断尺度・フレームワークの構築力については、安宅さんが後に書かれた論文「知性の核心は近くにある」に、もう少し詳しい説明がある。この論文では『イシューからはじめよ』からもう一歩先、AI x データ時代に求められる仕事の仕方、「シン・ニホン」で示した新しい人材像を提唱している。

『イシューからはじめよ』の最後は以下のように締めくくられている:

結局のところ、食べたことのないものの味はいくら本を読み、映像を見てもわからない。自転車に乗ったことのない人に乗ったときの感覚はわからない。恋をしたことのない人に恋する気持ちはわからない。イシューの探究もこれと同じだ。

自分の目と耳と頭を頼りにして、自力で、あるいはチームで、イシューを見つけていく。この経験を繰り返す以外、身につけていく方法はない。

今では「犬の道」を避け、「根性論」に逃げないことを説く安宅さんだが、若き戦略コンサルタント時代の猛烈な仕事ぶりがわかる対談が二つある。一つはマッキンゼー時代の同僚・伊賀泰代さんとの対談(『生産性』『採用基準』の著者)、そしてほぼ日・糸井重里さんとの対談である。

www.dhbr.net

www.1101.com

キレッキレの頭のいい人たちが、パワー全開で考え抜いて、ガチンコで議論している風景が目に浮かぶと同時に、一企業に留まらず、より大きな社会問題に取り組む目線の高さに感銘を受ける。

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

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採用基準

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ショック!10年以上愛用してきた LAMY 2000 がぽっきり折れてしまった

10年以上愛用してきた4色ボールペン、LAMY 2000 がぽっきり折れてしまった。いつものように書き始めようと手に取ったら、折れていた。ちょうどネジのところである。特に締め過ぎたつもりもなかったのだが、何度もリフィルを交換しているうちに、寿命が来てしまったのだろうか?

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折れた LAMY 2000、新しい LAMY 2000

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昔は丸善のような高級文房具店で買ったものだが、今はオンラインで購入でき、翌日には配送されて来た。自分にとってなくてはならない筆記具なので、大変ありがたい。

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LAMY 2000:新旧比較

2本並べてみると、LAMY 2000 もわずかながら進化しているように感じる。表面の加工が少し変わり、つや消しされている。そのせいもあるのだろうか、黒色が少しグレーを帯びている。いやいや、半世紀もの歴史がある LAMY 2000 はちっとも変わってなんかいなくて、単に長年使っているうちに光沢が増しただけなのだろう。

LAMY 2000 のリフィルは 4C規格。滑らかな書き心地の三菱鉛筆ジェットストリーム 0.7mm(SXR-200-07)をずっと使っている。緑色だけはラミーに装着できるジェットストリームがないので、パイロットのアクロインキ(BRFS-10)を使っている。リフィルの価格(ジェットストリーム:200円、アクロインキ:100円)を考えると、今後は 4色全部アクロインキという選択もあるのかもしれない。

久しぶりに純正インクを使ってみると、以前ほど粘性は高くない気がする。ジェットストリームのリフィルに比べて、ペン先で今何色を使っているのかがわかり易い。しばらくは純正インクを使ってみようかと考えている。

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LAMY ラミー 4色 ボールペン 油性 2000 L401 正規輸入品

LAMY ラミー 4色 ボールペン 油性 2000 L401 正規輸入品

日本画コンテスト「Seed 山種美術館 日本画アワード 2019 未来をになう日本画新世代」展

「みんなのミュシャ」展から少し足を伸ばして、山種美術館「Seed 山種美術館 日本画アワード 2019 ―未来をになう日本画新世代―」展に行く。

「青い日記帳」で紹介されているように、45歳以下の若手の日本画家たちのガチンコのコンテストである。

www.yamatane-museum.jp

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大賞:安原成美《雨後のほほ》、優秀賞:青木秀明《鴯鶓ノ図 -- 飛べない鳥 --》

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特別賞:近藤守《nostalgie》

受賞作を含む入選44作品は、189の応募の中から厳しい審査を勝ち抜いたとあって、どれも見応えのあるものばかりである。

今回の展覧会もそうだし、「院展」などに行って、多くの「日本画」を一斉に眺めてみると、改めて「日本画の魅力って何だろう?」「そもそも日本画とは何だろう?」と考える。日本画とは明治以降に成立した概念である。1870年代に西洋の美術が日本に入ってくることにより、「洋画」の対比としての「日本画」という概念が成立した。フェロノサが Japanese Painting という言葉を使い、その翻訳が「日本画」である。

現代の日本の画家たちによる絵は、主題・モチーフ・様式といった点で、何が「洋画」と異なるのだろう?様式という点でいえば、奥行き感の少ない平面的な視点であったり、陰影がなかったり、日本画らしい一端が感じられる絵はあるものの、それが一般的というわけでもない。あえて言えば画材・絵具の違いくらいしか、その境界線が見つからないような気がしてしまう。一方、日本人の手による、というところで、その主題の選び方・モチーフに対する共通理解があるので、観る側が親しみやすさを感じるのは確かである。東山魁夷の絵などはその典型と言えるだろう。

日本画の技法・歴史については、下記の本などを参考に勉強中である:

日本画 名作から読み解く技法の謎

日本画 名作から読み解く技法の謎

日本画とは何だったのか 近代日本画史論 (角川選書)

日本画とは何だったのか 近代日本画史論 (角川選書)

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ミュシャの後世への影響を伝える「みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ --- 線の魔術」展

渋谷の Bunkamura ザ・ミュージアムで開催されている「みんなのミュシャ ミュシャからマンガへ --- 線の魔術」展に出かける。

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www.bunkamura.co.jp

2017年に開催された「ミュシャ展」は、ベルエポックを代表するアルフォンス・ミュシャが、パリからチェコに帰国して以降、晩年に至るまでに描かれた壮大な《スラヴ叙事詩》全20作品に圧倒された展覧会であった。

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今回はアールヌーボーの旗手であり、人気ポスター画家として「みんなに愛された」ミュシャの展覧会であると同時に、副題にある通り、ミュシャが後世に与えた影響を示す展覧会でもある。ミュシャがポスター画家として衝撃のデビューを果たした、サラ・ベルナール主演の《ジスモンダ》のポスターをはじめ、円形の装飾を背景に美しい女性を描いた、華やかで品のあるミュシャのポスターを多数観ることができる。

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そしてミュシャが与えた影響は、1960年代以降のアメリカのグラフィック・アート、ロック音楽のレコード・ジャケット、アメコミに見ることができる。

さらに日本だと、天野喜孝のイラストや山岸凉子らの漫画。展覧会では、天野喜孝の「ミュシャの描いたファンタジーの世界に触発されて、現実の世界ではなく、想像の世界、神話性のある世界というものを描きたいと思いました。例えば美しい女性、それを取り巻く様々な魔物とか、モンスターとか、あるいは妖精も」、山岸凉子の「マンガは手塚治虫先生が作ったものですが、その中で少女マンガには、日本のデザイン黎明期にミュシャが与えた影響が色濃く出ていると思う」という言葉が紹介されている。

ミュシャ: 華麗なるアール・ヌーヴォーの世界

ミュシャ: 華麗なるアール・ヌーヴォーの世界

ミュシャ展

ミュシャ展

美しい絵を見た後は、なぜかプチ贅沢してみたくなり、東急本店にあるシェ松尾でランチ。

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上野の美術館巡り(2):「円山応挙から近代京都画壇へ」展(東京藝術大学大学美術館)

上野の美術館巡りは、国立西洋美術館「松方コレクション展」から東京藝術大学大学美術館で開催されている「円山応挙から近代京都画壇へ」展へ。18世紀の京都で、円山応挙は「写生画」で一世を風靡し、円山派を確立した。中国の絵画や狩野派が主流の時代に、身近なテーマを描いた応挙の写生画は、画題の解釈を必要とせず、見るだけで楽しむことができ、人気を博した。

一方、与謝蕪村に学び、その後応挙に師事した呉春により、四条派ができた。そして京都では円山・四条派が主流となり、近代の京都画壇に至るまで影響を与えた。今回の展覧会では、円山応挙・呉春に始まり、同時代の長沢芦雪、そして近代の川端玉章竹内栖鳳上村松園といった京都の画家たちへの系譜を辿っていく。

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東京藝術大学大学美術館

目玉は何と言っても、兵庫・大乗寺の襖絵群の再現である。大乗寺は「応挙寺」とも呼ばれ、その障壁画を依頼された応挙は一門を率いて揮毫したという。展覧会に入るとすぐにその襖絵の立体展示が目に飛び込んでくる。『松に孔雀図』は金の地に墨一色で描かれているが、光の当たり具合によっては、孔雀は青に、松葉は緑に見える。

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円山応挙『松に孔雀図』

実のところ、僕はこの京都の画家たちの絵が好きみたいだ。円山応挙のどこか品のある絵であったり、竹内栖鳳の写実性の高い絵と技術であったり、マイナーではあるが木島櫻谷(このしまおうこく)の静謐な絵であったり、好きな日本画は京都出身の画家たちの手によるものが多いことに、改めて気づいた。

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円山応挙竹内栖鳳長沢芦雪が描く子犬たち、木島櫻谷『山水図』

公式図録は一般書として購入可能である。この展覧会のタイトル通り、応挙・呉春に始まる円山・四条派から近代京都画壇までの系譜について、いくつかの解説記事を読むことができる。

円山応挙から近代京都画壇へ

円山応挙から近代京都画壇へ

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公式図録表紙、京都画壇に関わる地図

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別冊太陽211 竹内栖鳳 (別冊太陽 日本のこころ 211)

別冊太陽211 竹内栖鳳 (別冊太陽 日本のこころ 211)