Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

1年ぶりのアーティゾン美術館:コレクション展「印象派ー画家たちの友情物語」「特集コーナー展示 挿絵本にみる20世紀フランスとワイン」

森村泰昌の「M式『海の幸』」で頭を揺さぶられた後は、心穏やかにアーティゾン美術館の石橋財団コレクションを楽しむ。テーマは「印象派ー画家たちの友情物語」

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www.artizon.museum

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にしうら染(漫画家)による「印象派家相関図」

漫画家のにしうら染が描く「印象派画家相関図」がわかり易い。交遊関係を踏まえて、影響を与え合った画家たちの作品が並べられている。展覧会の解説パネルの内容を簡単に紹介していく。

セザンヌピサロを通して、モネやルノワールと言った印象派の画家たちと交流。ピサロセザンヌにとって師であり、父のように慕う大切な友人であったと言う。

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セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》(1904-06年頃)

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ピサロ《ブージヴァルのセーヌ川》(1870年)

1874年のサロンに入選したメアリー・カサットの絵を見たドガは、それを称賛し、印象派への参加を勧めた。二人の友情は生涯続いたが、ドガの死後、カサットはドガからの手紙をすべて燃やしてしまったため、二人の会話は知ることができない。

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カサット《日光浴(浴後)》(1901年)

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カサット《娘に読み聞かせるオーガスタ》(1910年)

カイユボットはルノワールの誘いを受けて、第2回印象派展に参加した。カイユボットは画家として作品を制作する一方で、印象派の仲間たちの作品を購入して、彼らの生活を支えた。1894年にカイユボットは 45歳で亡くなるが、遺言執行人としてルノワールが尽力、美術局長官らと2年にわたる交渉の末、カイユボットのコレクションを国家に寄贈する遺志を果たすことができた。

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カイユボット《ピアノを弾く若い男》(1876年)

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ルノワール《すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢》(1876年)

モネとシスレー1860年代にパリのシャルル・グレールの画塾で出会った。二人は一緒に郊外に出かけて戸外で制作し、共に風景画家として活動した。シニャック1880年、16歳の時にモネの個展に感銘を受け、画家になる決心をする。その4年後、全く面識のないモネに、シニャックは手紙を送り、アドバイスを求める。モネは23歳年下のシニャックに会う機会を設けた。

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モネ《睡蓮の池》(1907年)

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モネ《黄昏、ヴェネツィア》(1908年頃)

因みに杉全美帆子『イラストで読む 印象派の画家たち』は、印象派の画家がどんな人たちだったのか、その人物像・交流関係のエピソードをイラストを交えてユーモラスにわかり易く紹介する本である。情報量が多くて読みごたえがある。

印象派ー画家たちの友情物語」の後は「特集コーナー展示 挿絵本にみる20世紀フランスとワイン」の部屋へ。

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昨年来た時はアーティゾン美術館の瀟洒な作り、所蔵する多くの名作群に圧倒されたが、その印象は1年経っても変わらない。現代美術家のコラボ企画と言い、常設コレクションと言い、その充実した展示を前に、満足の再訪となった。1年に1回くらいの頻度で常設コレクションに会いに来るのもいいかもしれない。

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1年ぶりのアーティゾン美術館:「M式『海の幸』ー森村泰昌 ワタシガタリの神話」展

都会の真ん中で非日常の時間を過ごせる別空間。アーティゾン美術館を初めて訪ねた時の印象である。あれからちょうど1年。再びアーティゾン美術館を訪れた。

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アーティゾン美術館

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石橋財団コレクションと現代美術家ジャムセッションとして、「M式『海の幸』ー森村泰昌 ワタシガタリの神話」展が開催されている。アーティゾン美術館の代表的な所蔵作品である青木繁《海の幸》に対して、セルフポートレイトという独特の手法で知られる森村泰昌が、自分の研究・解釈をもとに、《M式「海の幸」》として、連作を作り上げた。

www.artizon.museum

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青木繁《海の幸》1904年

平面的な絵から立体的なジオラマを起こし、そこからさらに平面に戻す工程で、森村は作品を作り上げる。いや、森村自身が《海の幸》となっていく。

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《M式「海の幸」ジオラマ 01》2021年

作品の中で森村自身が着る衣装や、監視カメラによる制作風景が紹介されている。森村がたった一人で、メイクやスタイリング、撮影を行っていたことがわかる。

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こういった過程を経て生まれたのが《M式「海の幸」》10連作である。青木繁の《海の幸》が描かれた明治以降の日本の政治・文化の歴史の変遷を踏まえながら、森村自身がその登場人物となっている。ちょうど円を描くように連作は展示され、最後の作品が最初の作品にまた戻ってくるような構想になっている。

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森村泰昌《M式「海の幸」第1番:假像の創造」》2021年

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森村泰昌《M式「海の幸」第5番:「復活の日1」》2021年

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森村泰昌《M式「海の幸」第7番:復活の日2》2021年

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この10連作の後に、「ワタシガタリの神話」という映像作品が上映される。この《ワタシガタリの神話》は、青木繁に扮した森村が独白する作品である。《海の幸》についての森村ならではの研究・解釈が語られる。この映像は必見。森村自身がどのように青木繁やその作品である《海の幸》に迫っていったか。連作の背景にある森村の思いを知ることで、連作の意味をもう一度考えさせられることになる。

この展覧会の内容は「美術手帖」の記事に詳しく記されている。また森村泰昌自身へのインタビュー記事の中で、青木繁や《海の幸》について、森村の考えが語られている。

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ジャムセッションの後は、アーティゾン美術館所蔵の印象派のコレクション展に向かう。

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新装したとらや赤坂店を初めて訪れた

東京国立博物館(トーハク)で「最澄と天台宗のすべて」展を観て、ホテルオークラレストラン「ゆりの木」でランチ。その後は、新装したとらや赤坂店を初めて訪れる。

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「和菓子で楽しむ錦絵」展を観るのが主目的だが、あわよくば虎屋菓寮で食後のスイーツを食べたい、と思っていた。見込みが甘かった。50分待ち。しかもショップで和菓子を選んでいるうちに、75分待ちになってしまった。

ショップでお汁粉を買って帰ることにする。

www.toraya-group.co.jp

とらや赤坂店は、すべて木で作られた内装が美しいお店である。木に包まれることで暖かみを感じる。

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久しぶりにトーハクに行き、伝教大師1200年大遠忌記念 特別展「最澄と天台宗のすべて」を観覧する(東京国立博物館)

東京国立博物館に、伝教大師1200年大遠忌記念 特別展「最澄と天台宗のすべて」を観に行く。トーハクに行くのは、「出雲と大和」展以来だから 1年9ヶ月ぶりということになる(コロナ禍で「鳥獣戯画」展に行くことはできなかった)。

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特別展「最澄天台宗のすべて」は、比叡山延暦寺天台宗を開いた最澄が亡くなって以来 1200年記念の展覧会である。

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tsumugu.yomiuri.co.jp

会場に入って最初に目にするのは、天台宗ゆかりの人物たちを描いた国宝十幅である。中国・隋の時代に天台宗を開いた智顗に始まり、中国の僧たちの姿が並ぶ。最澄は『法華経』を土台とした「一切が菩薩であり、一切が成仏できる」という一乗思想を受け継ぎ、これを中心とする円教(完全なる教え)を日本天台の教義の柱とした。

それに密教・大乗菩薩戒・禅を加え、「円・密・戒・禅」の四つの柱を持つことが日本天台宗の特徴である。比叡山に学ぶ弟子たちによって、多様な展開を見せていく。最澄自身は、自分が学んだ密教が不完全であることを知り、年下の空海に教えを請うた。天台密教を確立したのは、最澄に続く円仁・円珍・安然らである。天台密教台密)の大きな特徴として、法華円教と密教を融合した「円密一致」の教えがある。円教と密教を優劣なく同等に、ともに一乗の教えとする。

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比叡山に学んだ学僧たちが、さまざまな宗派を開いた。浄土系の法然親鸞・一遍、禅系では栄西道元、法華系では日蓮などである。

比叡山は修行の場でもある。千日回峰行は生死をかけて行う修行であり、その映像も展示されている。

織田信長により焼き払われた比叡山を復興したのは、天海である。豊臣・徳川に仕え、幕政にも参加するようになる。家康を東照大権現として日光東照宮に祀り、上野に寛永寺を開いて、徳川家の菩提寺とした。東の比叡山東叡山・寛永寺である。そういえば今回の展覧会が開かれているトーハクは、もともと寛永寺の敷地に建てられている。

多様な発展を見せた天台宗。この展覧会では、全国各地にある天台宗の秘宝・秘仏が集められている。最澄は刀で薬師如来を彫り出し、それが比叡山・東塔の根本中堂の厨子に納められている。

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その根本中堂を再現した展示がある。最澄が灯して以来消えたことのない「不滅の法灯」が並び、その奥に帝釈天梵天・子神・丑神の像が並んでいる。

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展覧会場にあるミュージアムショップでは、迷った末に図録を購入せずに、『もっと知りたい 延暦寺の歴史』という本を買った。今回の展覧会に合わせるように出版された入門書で、前半は天台宗の名僧たちを紹介し、後半はその僧たちが活躍した比叡山延暦寺を紹介する。この本を参考にして、このブログ記事も書いている。

ジョギングを始めて1年経ちました

速足のウォーキングでは飽き足らず、ジョギングを始めてから1年経った。途中、足を痛めたり、心拍数計を導入したり、サボりがちな期間もあったが、何とか続いている。その間、5km くらいは走れるようになったけど、特にスピードが増した訳でもなく、速足に毛が生えたようなスピードでのスロージョギングである。

ウォーキングの結果、ゴルフの飛距離は伸びた気がするが、ジョギングではそんなことはない。鍛えられる脚の筋肉の部位が違うのだろうか?ジョギングとウォーキングを組み合わせた方がいいのかもしれない。

ジョギングとウォーキングに使っているルートは、秋の気配、真っ只中である。

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丸の内を散歩

先日は東京ステーションギャラリーから OAZO へ。そして今日は三菱一号館美術館から丸ビルへ。東京駅の丸の内あたりを散歩している。

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何だかんだと丸の内に来る機会があるので、「丸の内カード」を作ることにした。駐車場が1時間分無料になる。

www.marucard.jp

ランチは喜助の牛タン。その後は丸ビルをぶらぶら。久しぶりに都会のお洒落なビルに来た感じ。今度は丸ビルでランチを食べよう。丸ビルから東京駅の駅舎全体を望むことができる。

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丸ビルの HARBS に寄ってケーキを買って帰る。小確幸

www.kisuke.co.jp www.marunouchi.com

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「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜」展に行き、久しぶりに西洋画を観る(三菱一号館美術館)

三菱一号館美術館にて開催されている「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜」展に出かける。コロナ禍の中、西洋美術の展覧会は、6月に行った「クールベと海」展以来だから、実に久しぶりである。

mimt.jp

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三菱一号館美術館

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イスラエル博物館が所蔵する印象派、およびその前後の時代の名品を集めた展覧会である。水、自然、都市を描いた風景画。一部の作品は写真撮影が可能になっている。

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モネ《睡蓮の池》(1907年)

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コロー《モルトフォンテーヌ、小さな柵へと続く道》(1850年代)

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クールベ《森の流れ》(1873年

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ピサロ《朝、陽光の効果、エラニー》(1899年)

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ピサロ《エラニーの日没》(1890年)

ピサロは一時期スーラの点描の技法の影響を受けた。この絵にもその新印象主義の追求が垣間見える。

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セザンヌ《陽光を浴びたエスタックの朝の眺め》(1882-1883年)

地中海に面したマルセイユ近郊の町、エスタックを訪れたセザンヌ。この絵では小高いところから見晴らす家並みを、幾何学的な立体に落とし込んで描いている。

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セザンヌ《湾曲した道にある樹》(1881-1882年)

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ゴッホ《麦畑トポピー》(1888年

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ゴッホプロヴァンスの収穫期》(1888年

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モネ《ジヴェルニーの娘たち、陽光を浴びて》(1894年)

久しぶりの西洋画、それも印象派の絵を堪能した。心が洗われる。

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