Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

祝・本屋大賞受賞!宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』

小説をあまり多くは読まないのだが、去年『成瀬は天下を取りにいく』がめっちゃ面白かったので、続編の『成瀬は信じた道をいく』を速攻で買い、一気読みした。テンポよく、ムダなく、キレのある文章の青春小説。個人的には最終話のオチが気持ちよかった。

1月末にそんなことを SNS に投稿していたら、何と『成瀬は天下を取りにいく』が、本屋大賞を受賞した。宮島未奈さん、おめでとうございます!

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小説は何らかの受賞作の中から選んで読むことが多いので、自分が先に読んだ本が受賞することは初めての経験だし、その本がとても面白かったことについて「世間も皆そう思っていたんだ」とわかって、何となく嬉しい。

32年ぶりに旧友と会う

研究所時代を 10年近く一緒に過ごし、公私ともにお世話になった旧友と、何と 32年ぶりに再会した。実家の家業を継ぐために帰省されてから、年賀状のやりとりをするくらいで、一度も会っていなかった。

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2人とも技術者というよりは、経営者として経験を積んでの再会である。中目黒にある「一饗」の美味しい料理を前に、経営者として会社を立て直した大変な苦労を伺いつつ、やはり懐かしい思い出話に花が咲く。

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自分でも不思議なくらい、すっかり忘れていた記憶が、次々に思い出されてくる。劇団夢の遊民社の『小指の思い出』や『贋作 桜の森の満開の下』など、当時、衝撃を受けた野田秀樹の舞台や、そのセリフまで、20代の青春がよみがえってきたのだった。

中目黒の桜はまだ全然咲いておらず。おかげでふだんなら駅のプラットフォームから溢れんばかりの大混雑に巻き込まれずに済んだ。

「パーペチュアルカレンダー」の腕時計はパーペチュアルではなかった

長年愛用していた腕時計が止まった。電池切れが近くなると秒針が2秒づつ進むようになる。今回もその兆候を見せていたのだが、とうとう止まってしまった。

セイコー ドルチェ SACN007(キャリバー:8F32-0260)

2100年2月末まで日付修正が不要となる「パーペチュアルカレンダー」という特別な機構を持った時計のため、電池交換するのもメーカー修理扱いになる。

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いつものように時計販売店に持っていき、電池交換をお願いした。メーカーによる見積もりをお願いしたところ、数週間ほどして回答があり、今回は電池交換だけでは済まず、オーバーホールする必要があり、それには3万円、つまりこの時計を買った時の価格の 1/2 弱の費用がかかるとのこと。

さらに交換部品が、もう製造中止になっているので、もし交換が必要となっても、それ以上修繕できないらしい。その場合、3万円を無駄にすることになる。したがってオーバーホールはやらないことにした。

また数週間かけて自分の手元に戻ってきた。なぜか復活して、秒針が4秒づつ進んでいるが、完全に停止するのも時間の問題だろう。

パーペチュアルカレンダーは、1998年に開発された画期的な技術であったが、残念ながらパーペチュアルではなかった。その名が示す「万年暦」ではなかったことになる。

僕がこの腕時計を購入したのは 2001年(2009年1月にメーカーに預けた時に「購入から7年半」と書いている)。20数年使い続けた愛着のあるものであるが、しかたない。あきらめよう。記念に取っておくことにしよう。

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マウリツィオ・ポリーニが亡くなった

マウリツィオ・ポリーニ亡くなった。完璧なテクニックを持つピアニスト。ショパンエチュード(練習曲集)を何度聴いたことだろう。そしてベーム指揮の「皇帝」や、盟友アバド指揮によるバルトークのピアノ協奏曲も。あぁ、ストラヴィンスキーの《ペトルーシュカ》も忘れられないアルバムである。すべて 1970年代のレコードである。

www.adnkronos.com

当時、少しでもピアノを習ったことがある人にとって、ポリーニエチュードは衝撃的だったのではないか?美しく濁らない音。清冽な響き。完璧な技術を持つと、こういう演奏が可能になるのか。「もっと歌うように」ショパンを弾くように習った人にとっては、その対極にあるような演奏とも言える。エチュードという練習曲集ならではの若きポリーニを象徴するような演奏である。ピアノを習う者にとっては、その完璧なテクニックは憧れであり、ヒーローのような存在であった。

僕がその 1972年の録音の演奏を聴いたのは、おそらく学生時代だから、当時は LP を持っていたのだろうか?それとも LP からカセットテープに落として、ウォークマンで聴いていたのだろうか?

ポリーニのファンの方が、ディスコグラフィー日本での全公演をまとめてくれているサイトがある。その情報を手がかりに記憶を辿ることができる。

僕がライヴでポリーニの演奏を聴いたのは、1989年4月19日の東京文化会館でのリサイタルである。人気のショパンシューマンを組み合わせた B プログラムのチケットは取ることができず、ブラームスシェーンベルク、そしてベートヴェンの「ハンマークラヴィア」ソナタという C プログラムだった。正直あまり興味のなかったシェーンベルクの音楽が、ポリーニの手にかかると、緊張感を持って面白く聴ける曲になっており、4階の席から身を乗り出すようにして聴いていたのを思い出す。感動のあまり、出待ちまでしたのだった。

スカラ座に安置され、葬儀も行われるとのこと。享年 82歳。合掌。

NHK BS テレビドラマ「舟を編む 〜私、辞書つくります〜」が秀逸。辞書を引きながら楽しんでいる

辞書を作ることに心血を注ぐ人たちを描いた三浦しをんの『舟を編む』。単行本だけでなく文庫本も持っていて、繰り返し読んでいる(文庫本には主人公・馬締光也が香具矢に宛てた恋文全文が掲載されているのだ)。

映画もよい出来だったと思うが、2月から放送されている NHK BS のテレビドラマ「舟を編む 〜私、辞書つくります〜」も素晴らしい。

www.nhk.jp

原作では第2部と言っていいだろう、後半戦の主人公、岸辺みどりが辞書編集者として成長するさまに焦点をあてたドラマである。「言葉」を大事にする原作の世界観をそのままに、辞書編集の仕事をさらにくわしく掘り下げ、また原作のエピソードを現代風にアレンジしている。

www.shochiku.co.jp

ドラマの中では、いろいろな言葉、その語釈が出てくる。たとえば「あきらめて、あきらめて、あきらめる。」は「明らめて、諦めて、明らめる。」つい手元にある辞書を引いてしまう。「物書堂の辞書アプリ」で、複数の国語辞書を横断で検索して、語釈を比較するのが楽しい。紙の「ぬめり感」にこだわっている(「こだわる」も本来はネガティブな意味だと『舟を編む』で知った)辞書編集者には、申し訳ないけれど、最近は紙の辞書を引いたり読んだりする機会は少なくなってしまった。

第3話で岸辺みどりは見出し語チェックのミスをしたように思う1。「血潮・血汐」のチェックをせずに「千入」をチェックしていた。それはドラマ後半になって大事件になる伏線だろう。原作では見出し語から『ちしお【血潮・血汐】』が抜けていた問題である。映画では「他に抜けがないか」、すべての作業を中止して、泊まり込みで大々的にチェックする様が描かれていた。さてドラマではどうなるのか?楽しみである。

第4話では図版を検討している。「丑の刻参りの蠟燭は2本か3本か問題」「アルパカの首短過ぎる問題」などで取り上げられている図版は、三省堂の『大辞林』から引用されていることがわかった。

池田エライザの好演も光る。馬締光也演じる野田洋次郎は、長いセリフが大変だっただろう。

原作者である三浦しをんは、岩波書店小学館の辞書編集部へ取材をしており、また三省堂大辞林』の編集に携わった倉島節尚『辞書と日本語 国語辞典を解剖する』を参考文献に挙げている。

また原作が出版された後に、『三省堂国語辞典』(通称『三国』)の編集者である飯間浩明『辞書を編む』『三省堂国語辞典のひみつ』などが刊行されている。ドラマはこれらの本も参考にしているかもしれない。

辞書を引き引きドラマを楽しんでいるが、いくつかの辞書は、その最新版を購入していないことに気づいた。どうせなら 4月まで少し待とう。物書堂辞書アプリのストアは、毎年恒例「新学期・新生活応援セール」を開催してくれるからだ。

最後にここで紹介した『舟を編む』や『辞書を編む』の、当時の読書メモを掲載しておく:

新解さん」など個性的な辞書を読むのは楽しい。三浦しをんが辞書編集を題材に小説を書いたとあらば、もう読むしかない。期待通り、いや期待以上に面白かった。電車の中で思わず笑ってしまいそうになるのをこらえた。辞書編集者の言葉へのこだわり。言葉の力を改めて謳う(2011年10月7日)。

本屋大賞」を受賞したこともあって、2012年4月再読。著者の言葉へのこだわりがひしひしと伝わり、思わず辞書で確認したくなる言葉に溢れている。辞書編さんを通じてのさまざまな人間模様をめぐりながら言語化の力を改めて感じさせる。(2012年4月)

映画を観たのをきっかけに3度目の読み直し。大筋で原作を踏襲しつつも、原作を損なわない形で独自の世界を作り上げた映画もよかったと思う。(2014年1月)

岸辺みどりの辞書編集者としての成長に焦点をあてたNHK BSドラマをきっかけに読み直し。「言葉」を大事にする原作の世界観をそのままに、辞書編集の仕事をさらにくわしく掘り下げ、現代風にアレンジしており、好感の持てるドラマである。(2024年3月)
辞書編纂を描く好きな小説。単行本で読了済だが、真面目で不器用な主人公、馬締の恋文全文掲載とあらば、文庫版も買わざるを得ない。確かに香具矢さんが「ラブレターか自信が持てなかった」というだけのことはある。
辞書の編集者を描いた三浦しをんの小説『舟を編む』のリアルバージョン。『三省堂国語辞典』(三国)の編纂者の一人が辞書作りの現場を生き生きと紹介する。街中、雑誌などからの用例集め、そこから身を切るような取捨選択をして辞書に載せる言葉を選ぶ。そしてその一つ一つに真心を込めて語釈を書いていく。また現版の語釈も丁寧に見直していく。言葉に対する愛情がひしひしと伝わってくる。

生涯で145万もの用例を集めた見坊豪紀(けんぼうひでとし)が生み出した『三国』の編集方針は大きく二つ、ここ40-50年日本で広く使われている実例に基づいて項目を選び(実例主義)、中学生でもわかる説明を心がけている。この本で紹介されている第7版は2013年末に出版される予定。
三省堂国語辞典』通称『三国』の編纂者による『三国』の紹介・解説。現代日本語に気を配り、わかりやすい語釈をめざしている。同じ著者による『辞書を編む』が用例採集や語釈を書く辞書編纂の現場を描いたのに対し、この本は『三国』と言う辞書そのものを紹介する。

現代の日本で使われている言葉を選び、『三国』の語釈・例文の中ではどのように説明されているか。その理由・背景を丁寧に解説する。たとえば「的を得る」「全然大丈夫」などをあえて誤用と決めつけないなど、変わりゆく日本語に対して、ある意味、寛容な編纂方針である。若者の言葉「やばい」はもちろんのこと、インターネットでの笑いを示す "w" や「中の人」、「ふつうに」など、新しい言葉・語用も積極的に取り入れている。辞書編纂者による言葉についてのエッセイと言ってもよい本である。

この本に出てくる語例を、『新明解国語辞典』(通称:新解さん)や『大辞林』などで引いてみて比較すると、辞書の違いがわかって興味深い。

辞書編纂者である著者は、語釈を書くためにさまざまなことに実地にトライしている。最近のライターの仕組みを理解するために分解してみたり、「フラグが立つ」の本来の意味を知るためにプログラミングの勉強をしたり。『三国』をますます「読んで」みたくなる。


  1. みどりのミスではなく、見出し語リストに抜けがあったという問題であった。

東芝の研究開発新棟「イノベーション・パレット」を見学する

東芝の研究開発新棟「イノベーション・パレット」を見学させてもらった。PR 動画制作チームに同伴させてもらって行ったので、素晴らしいオフィス環境だけでなく、ライブ実験場としての研究内容、そしてバックヤードの設備も案内していただいた。

www.toshiba-clip.com

イノベーション・パレット」パンフレット

イノベーション・パレット」パンフレット

研究所のシニアマネジャーになっている後輩たちが、わざわざ案内してくださったので、ちょっと恐縮。おかげで美味しいカフェテリアでランチをしながら、久しぶりに懐かしく話をすることができた。

僕は 1984年に東芝に入社(東京芝浦電気から東芝に改名し、浜松町に本社ビルができた時)、研究開発センターに配属され、2000年まで所属した。その後はビジネスの方に転じたが、僕自身にとっては社会人生活のスタート地点であり、原点である

サーバ・ネットワークルームを見学し、今も変わらず技術者たちが研究開発のための計算機・ネットワーク環境を作っているのを見て、当時は僕たちもイーサネット・ケーブルに自ら穴を開けて、「弁当箱」と呼んでいたアダプターを設置していたのを思い出した。

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旧館は 1961年に建てられているから、ちょうど僕と同い年ということになる。高層の新棟から見下ろすと、その旧館の解体が始まっている。ここに研究室があった時の冬は寒く、膝掛けをしながらプログラミングをしていたことを思い出す。

僕がいた頃と比べると、新棟は実に快適な研究開発環境であり、素敵な共創空間になっている。案内してくれた後輩をはじめ、完成にいたるまでの関係者たちのご苦労が偲ばれる。きっとさまざまな交渉・折衝があったことだろう。

「イノベーション・パレット」という名前の通り、「色とりどりの個性や専門性を重ね合わせて」新たな成果が生まれること、新たな未来を創造していくことを期待している。

特別展「花・flower・華 2024 ―奥村土牛の桜・福田平八郎の牡丹・梅原龍三郎のばら―」(山種美術館)

山種美術館で開催されている特別展「花・flower・華 2024 ―奥村土牛の桜・福田平八郎の牡丹・梅原龍三郎のばら―」に出かける。

奥村土牛《醍醐》昭和47年

展覧会の概要を Web サイトから引用する:

木々が芽吹き、色とりどりの花が咲き誇る春。当館では、明るい陽光が降り注ぐ春爛漫の季節にふさわしく、花の名品を一堂に展示する展覧会を開催します。

四季折々に咲きこぼれる花々は、古くから日本人の心を魅了し、愛されてきました。画家たちにとっても花は魅力的なモティーフであり、現在にいたるまで、それぞれの個性が発揮された傑作が数多く生まれています。

奥村土牛《醍醐》は、樹齢約170年といわれる京都・総本山醍醐寺の名木「太閤しだれ桜」をモデルとした作品で、絵具を何層にも塗り重ねることで生まれた柔らかな色合いは、春の暖かい陽気を感じさせます。福田平八郎《牡丹》は、裏彩色を駆使し、牡丹の姿を細密に描き出しながら、どこか妖しげな美しさをまとっています。田能村直入《百花》は、季節の花々を味わうことができる画巻で、四季の草花100種を、まるで植物図鑑のように繊細に表しています。

また、本展では日本画とともに、梅原龍三郎《薔薇と蜜柑》や中川一政《薔薇》など、洋画の作品も併せてご紹介します。日本画だけでなく洋画が加わることで、より一層バラエティに富んだ花の表情をお楽しみいただきながら、華麗なる花の世界をご堪能ください。

ちょっと早いお花見である。

sfumart.com