Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

新しいモニターは 27インチ WQHD。USB-C 接続で配線すっきり

会社から借りていた 23.8インチ Full HD のモニターを返却したのに伴い、新たなモニターを購入した。

4K は文字が極小で老眼には辛いのがわかっていたので WQHD、大きさも 27インチにした。

そしてモニター自体に USB ハブや LAN 端子を備えているだけでなく、USB Type C かつPower Delivery 規格でノート PC と接続できるものを選んだ。

これが大正解!

ノート PC とモニターは、一本の USB-Cケーブルで接続できる。HDMI 接続不要。パソコンの AC アダプターも不要。ケーブル類が整理され、机周りがスッキリ!パソコンを持ち出す時も、ケーブルを一つ外すだけなので楽ちんである。

そして 27インチ WQHD というサイズは老眼でもバッチリ!

画面上の作業スペースが広がり、複数のアプリケーションを並べて表示することができる。写真は、ゴルフのラウンドの統計データの Excel 表を開いているところ。こうやってデータを整理しながら、ラウンド日記を書くことが、効率よく行える。

退職のご挨拶

2024年6月末日をもって、東芝デジタルマーケティングイニシアティブ株式会社を退職、40年にわたってお世話になった東芝グループを卒業いたしました。

1984年に東芝の研究所に入社、ソフトウェア技術者としてキャリアを積み、OS からアプリケーション、組込みからクラウドまで多岐にわたる領域で、ソフトウェアの研究開発・設計・実装に携わってきました。

2000年にインターネットサービス事業を行う社内カンパニーに異動、研究所で生まれた IT(情報処理技術)・ソフトウェアの事業化を行い、立ち上げたネットサービスの事業経営を行ってまいりました。

また東芝本社のスタッフとして、全社のイノベーション推進や、経営変革に携わったことも、経営者としてよい経験になりました。その一環で設立したデジタルマーケティング子会社に移り、その経営に最後の 6年間携わりました。

40年もの間、多くの方々にさまざまな形でお世話になりました。皆様のご支援のおかげで、本当に充実した会社人生を送ることができ、心より感謝申し上げます。 充電のために 1ヶ月ほどお休みして、8月からは日本の IT の発展に、今までとは違った形で携わる予定です。皆様ともきっとお会いできる機会があると思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

最後に、皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げ、退職の挨拶とさせていただきます。 本当にありがとうございました。

村永 哲郎

6月28日の出勤最終日に Facebook や LinkedIn に投稿した退職の挨拶が上記である。

6年前に東芝を退職デジタルマーケティングを行う子会社の経営に携わって 6年。40年勤めた東芝グループを卒業した。本当にいろいろな仕事をして、さまざまな経験をしたが、過ぎてみれば、あっという間の 40年だったように思う。

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この日はあいにくの雨。いつもより朝早く出て、東京タワーや増上寺にお別れを告げた。

大雨になることを予想して、前日、お礼の菓子を運んでおいたのは正解であった。おかげで通い慣れたオフィスと愛車という珍しいショットを撮ることができた。

iPad Air 2024 がやって来た!

家族が使っている iPad mini 2 がさすがに古くなってきた。iOS 12 でバージョンアップは止まっているし、当然、多くのアプリも対応しなくなる。改めて調べてみたら iPad mini 2 が登場したのは 2013年であり、かれこれ 10年以上も使っていることになる。

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2022年末に iPad(第9世代)を買ってはみたものの、結局こちらは僕専用になっている。iPad mini の代替として、iPad Air 2024 を家族用に購入した。

いやぁ、軽くて薄い!

右上の電源ボタンが指紋認証も兼ねているデザインも面白い。

今持っている iPad を傍に置いて、その設定を新しい iPad Air にも引き継がせることで、楽にセットアップできた。このあたりの使いやすいユーザインタフェースの設計が Apple という気がする。

箱を開けてからものの 1時間で、家族の一員になった。そんな印象だ。

日本人と動物との関わりを知る「どうぶつ百景 江戸東京博物館コレクションより」展(東京ステーションギャラリー)

会社帰りに東京ステーションギャラリーで開催されている「どうぶつ百景 江戸東京博物館コレクションより」展を訪ねる。

Web サイトから展覧会の概要を引用する:

江戸幕府創設からおよそ420年。江戸は巨大都市として発展し、京都、大坂に並ぶ三都のひとつとなりました。大都市江戸・東京に暮らした人々は、どのように動物とかかわってきたのでしょうか。それを物語る美術品や工芸品など約240件を、江戸東京博物館のコレクションから選りすぐって紹介します(会期中展示替えがあります)。

本展は、2022年にパリ日本文化会館(フランス)で好評を博した「いきもの:江戸東京 動物たちとの暮らし」展を拡充した凱旋帰国展です。画巻、錦絵、装飾品、郷土玩具などに登場する動物たちの多様な姿をお楽しみください。

江戸から東京へ。江戸時代から明治時代へ。日本人の生活の中に、どんな動物が関わっていたのか?下記のように紹介されている:

1603(慶長8)年、江戸に幕府が置かれ、街並みが整備されていきます。街では人々がネコや犬を可愛がり、時にゾウの見世物が話題となり、ウズラの声を競う会が催され、ウサギの飼育ブームが起きました。また、人々は郊外に出かけて野生の鳥の姿や虫の音に季節を感じたものでした。いまはむかし、一大都市となった江戸や東京における、動物と人々との関係を探ります。

1877(明治10)年に来日した米国の動物学者、エドワード・S.モースは、日本人が動物に対して親切に接することに驚きました。動物の名に「さん」づけをして親しみを込めて呼び、人力車の車夫は道に居座る犬やネコを避けて走っていると記しています。

江戸時代、犬は個人・家族で飼うよりも、地域の防犯のために「町全体」で飼うものであったらしい。広重の名所百景には、ときおり人々の生活の中に溶け込んでいる犬の姿が描かれている。

セイコー ASTRON Nexter Starry Sky 国内限定モデルの購入記

6月10日は「時の記念日」ということで、最近入手した腕時計について記しておく。

20数年愛用した時計が寿命を迎えたこともあり、それに代わる新たなものを購入した。

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それは SEIKO ASTRON ブランドからの一本である。ASTRON はソーラー駆動で、GPSないし電波時計で正確に時を刻むだけでなく、世界のタイムゾーンに対応している。

実は ASTRON ブランドは、発売になった時から憧れていた時計なのだ。僕が欲しいのはデュアル表示で、海外に行った時に現地時刻と日本の時刻、両方が表示されるもの。8B63 というキャリバーを備えた時計になる。

電波か GPS か?GPS は正確だが、価格も高いし飛行機では機内モードにする必要がある。一方、電波はなかなか拾ってくれないという短所がある。今所有している時計もワールドタイム対応のソーラー電波だが、あまり不自由に感じたことはない。そこで今回も電波腕時計にした。

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3月下旬に購入の検討を始めたところ、ちょうど 3月 8日に Nexter Starry Sky という限定モデルが発売された時期であった。「明けの明星」をイメージした星空のデザインに、一目で心惹かれた。

store.seikowatches.com

この中で、僕が欲しいと思うデュアル表示のソーラー電波モデルは、国内限定 400本で販売されたとのことだが、既にいくつものオンラインショップで売り切れになっていた。銀座にある直営ショップ SEIKO ドリームスクエアに現物があるだろう、と思って出かけたが、ここでもそのモデルのみが売り切れであった。

これだけ売り切れの店が多いということは、少し焦った方がいいのかもしれない。デザインや色味については、同じ Starry Sky の別モデルで確認することはできたので、購入の意志は決まっている。

今、在庫があると確認できるのは、SEIKO 直営のオンラインストアのみである。ドリームスクエアで注文できるのか確認したところ、オンラインストアとは別系列の運営であり、在庫は連動しておらず、注文を受けてくれないそうだ。

しかたない。ドリームスクエアから外に出て、インバウンドの外国人で賑わっている銀座の通りの隅に立ち、スマホで注文した。こんな高価な買い物を銀座の雑踏の中で、慌ててオンラインで行うのも、稀有な経験である。

ふだん買わない価格帯であるためか、クレジットカードの決済がいったん拒否され、ますます焦る。こうしている間にも売り切れになってしまうのではないか?クレジットカードアプリから決済をできるように設定して、購入処理を再開、無事、購入することができた。

そうして何とか入手することができたモデルが、SBXY071 である。注文してから 3日ほどで手元に届いた。

store.seikowatches.com

15年前に購入したワールドタイム対応のソーラー電波時計と並べてみる。ASTRON と比べると一回り小さい。こちらは DOLCE ブランドでどちらかというとフォーマルなデザイン。一方の ASTRON はカジュアル・ユース。TPO に応じて使い分けることになるだろう。

暗いところでインデックスと針が青く光るようになっている。

ドリームスクエアで、腕周りの長さを測ってから、オンラインストアで注文したのだが、少し緩い。くるっと一回転するくらいの緩さである。そこで数日後、有楽町国際ビルにある「お客様相談室」に出かけて、長さを調整してもらった。新たに測り直した腕周りは 16.9cm であった。

入手してから約 3ヶ月。すっかり気に入って、毎日身につけている。欠かせない相棒となっている。

30年ぶりに会った恩師は「エッジ・コンピューティングの父」と呼ばれる偉大な先生になっていた

30年前、1994年11月から 1996年5月までの 1年半、ピッツバーグ(Pittsburgh)にあるカーネギー・メロン(Carnegie Mellon)大学の計算機学科に訪問研究員として滞在した。その時にお世話になった先生が、Mahadev Satyanarayanan 教授(Satya)である。

当時、ノートパソコンに Linux が移植され、これからはモバイル・コンピューティングが当たり前になる。そんな予感があった。そこでこの分野では最先端を走っていた、Satya の研究室に滞在した。米国がなぜ日本より計算機科学(コンピュータ・サイエンス)の分野で進んでいるのか。その実態を知るいい機会でもあった。

当時の思い出については、以前にも記している。分散ファイルシステムDisconnected Operation という拡張を施して、モバイルコンピューティング向けの最適化を施していた。

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その Satya が ACM SIGMOBILE のカンファレンス MobiSys 2024基調講演をするために来日するということで、実に 30年ぶりに会うことになった。

Satya とは、毎年クリスマス&新年のカードをやりとりしていたが、来日するタイミングに合わせて、わざわざ時間を取ってくれるという。直接の面識はないが、90年代初めに日本からの訪問研究員であった工藤さんという方も一緒である。僕と滞在時期が重なっていた稲村さんは、北海道にある大学の先生になっているが、ちょうど講義があり、残念ながら参加できないとのこと。

30年ぶりの Satya との再会は嬉しい反面、ここ 10年、ほとんど使っていなくて錆びついてしまった英語が心配である。事前のメールのやりとりは、ChatGPT の助けを借りたが、実際に会って話すとなるとちゃんと伝えられるだろうか?何より Satya の今の研究内容を理解できるだろうか?

…というわけで、日課であるウォーキングの最中に音楽を聴くのをやめ、昔さんざんやった英語教材 DUO 3.0 のシャドウイングを行って、英語脳を呼び覚ます。帰国してからの自分の仕事内容を、英語で話せるようメモを用意しておく。Satya の研究室、Living Edge Lab の主な研究内容をざっと把握する。そんな準備をして、当日を迎えた。

待ち合わせ場所は Satya が宿泊している東京エディション虎ノ門、31階のロビーである。お洒落に詳しい女性の部下たちから「ぜひ Pucci とコラボしているアフタヌーンティー(期間限定)を頼んでみてください」と声をかけられて、オフィスを出る。「Pucci なんて高級ブランド、そもそも知らないよー」と思いつつ、こちらはユニクロでかためたスマートカジュアルである。

東京エディションまで、芝公園にあるオフィスからは、ちぃばすを使って、ものの 15分で到着する。

lobbybar.toranomonedition.com

待ち合わせの 3時より 15分ほど早く、ロビーに上がる。既に工藤さんも来ており、初対面のご挨拶をした。僕の中高の同級生が、工藤さんの前の会社の同期入社であるご縁だけでなく、工藤さんの中高の同級生が、僕の同僚だったという関係も判明した。It's a small world !

互いに自己紹介して打ち解けた頃に、Satya がやってきた!30年ぶり!懐かしい!満面の笑みで僕たちを迎えてくれた。

事前に Satya がロビー バー(The Lobby Bar)を予約してくれており、数時間、軽く飲みながら、話をすることになった。

メニューに表示されているお酒やスナックの値段に驚いたが、Satya は会うなり「今日は私の奢りだ。日本の酒を飲もう!」と言ってくれた。それでも躊躇する僕たちに「心配ない。私はプロフェッサーだよ。今日は懐かしい友人に会いに来たんだ」とのありがたいお言葉。

そんなわけで、獺祭で乾杯!

まず Satya が話し始めたのは、僕たちが一緒に研究をした 90年代当時の Ph.D の学生たちが、今どうしているか、である:

僕が持参した当時のメンバーの写真が、Satya の記憶をさらに呼び起こす契機になったようだ。

僕にとっては、一緒に仕事をした Ph.D の学生、Qi Lu が思い出深い。Satya によれば、中国では教授の言うことはトップダウンで絶対であり、学生が教授に反論することは認められなかった。Qi Lu はその文化から来たので、Satya となかなか対等に議論ができなかった。一方、Brian Noble などは新入の時から、Satya に議論を吹っかけてきた(笑)。ものすごく対照的だったそうである。

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「自分のもとを卒業した Ph.D の学生たちが、自分を超えて活躍しているのが嬉しい。それが教授(教育者)であることの最大の喜びだ」と語る Satya の表情は、本当に楽しそうだ。

そして当然のように、帰国後、僕らがどうしていたか、という話になる。「家族は元気かい?待て待て、その前に君の家族の名前を思い出すぞ」という Satya。それに対して「二人の息子たちはもう独立して働いているので、妻と二人暮らしだ。一人は IT 業界、もう一人はホテル業界で、実はこの Tokyo Edition の運営にもかかわっている会社なんだ」そんな近況を伝えた。

工藤さんは一時期、特許関係の仕事をしていたそうだが、AI 高速化のチップの会社で、今も現役のエンジニアである。一方の僕は、ビジネス・経営の方にシフトして、インターネット・サービス事業(今でいうクラウド)を手がけた。そして今月末にいよいよ 40年勤めた東芝グループを退職する予定である。

Satya は 70歳を過ぎて、現役である。MobiSys で Satya の前に基調講演を行った慶應大学の David Farber 教授は何と 90歳!それを思えば、私はまだまだひよっこだ、と、Satya は意気軒高である。おそらく生涯現役でいるつもりなのかもしれない。そういう Satya の生き方には、僕自身の退職後のキャリアを考えるうえで、大いに刺激を受けた。

僕の個人的な印象を言うと、Satya の研究テーマは、近未来を先取りしているし、その時間軸における目標設定がうまい。数年から 10年の単位で実現するであろうビジョンを明確に描き、そこで必要となるであろう技術を、必ず「動くコード」として実装し、そしてそれを自ら使って検証している。

1990年代はそれがモバイルコンピューティングという領域であったし、「エッジ・コンピューティングの父」と呼ばれるように、2000年代にはクラウドレットと呼ぶ基本的なアーキテクチャを提案した。そして今はそのアーキテクチャの上に、AI も含めたアプリケーションを載せていっている。

Android 上で動くデモもいくつか見せてもらった。たとえばカメラの映像を、印象派のスーラ風に変えるアプリケーション。これは Pittsburgh にあるクラウド上のアプリケーションだが、これをリアルタイムに動かそうとすると、物理的にも論理的にも(ホップ数)もっと近いところにクラウドがあるべきである。その「小さいクラウド」をクラウドレット(Cloudlet)と名づけている。

これらの提案を行った重要な論文(seminal paper)を 2つ教えてくれた:

2018年には、AI とエッジ・コンピューティングについて語っている

biztechmagazine.com

最近では、大規模言語モデル(LLM)に対するプロンプト・エンジニアリングで、エッジ・コンピューティングのプログラムのコード生成を試みている。

大規模言語モデルについては僕も非常に興味を持っていることもあり、量子化とか知識蒸留といったアプローチで、LLM を「圧縮」させて、エッジ側で動かす可能性について、Satya がどう思っているのか、質問してみた。そういうアプローチの可能性も認めたうえで、最近はクローズドな LLM の寡占状態にあり、広く自由に使うにはライセンス料などが研究開発や事業化のネックになる可能性を危惧しているようだ。だから上記の論文でも、プロンプト・エンジニアリングでのアプリケーション・コード生成というアプローチをとった模様。

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Satya は午前中、東京国立博物館に行ってきたという。特別展「法然と極楽浄土」を見たのだろう。Satya の祖国であるインドで生まれた仏教が、1,000年の間に、どのように China や Korea を経て日本に伝わったのか。どう変わっていったのか。キリスト教にも同じような変遷の歴史があり、非常に興味深かったと語っていた。

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そうそう、部下に勧められた Pucci とコラボとのアフタヌーンティーは、本来、予約をしないといけないようだが、実際にはその場で用意できるとのことだったので、一つオーダーして 3人でシェアした。Satya は専任のコンシェルジェがつくほどの VIP 待遇なので、もしかしたらわざわざ用意してくれたのかもしれない。

Satya のパートナーである Deborah Kelly が選んでくれたお土産のマグカップCarnegie Mellon が懐かしく思い出されてくる。

Satyaと別れた後は、工藤さんとビールで親交を深める。二人して、Satya との濃密な 3時間を噛みしめた。本当に偉大な先生だと思う。これだけ偉い先生が、僕たちと気さくに付き合ってくれる。ここ数年経験したことのないような、実に刺激的な時間であった。

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そうそう、Brian Noble とは結局その日は電話で話すことができなかった。翌日、野球の試合を見に行っていたのだという連絡があった。「点を取るたびに緑の傘を掲げて踊るスワローズの応援は面白かったでしょ?」というと、「スワローズがたくさん点を取って、何回も傘ダンスをみることができた」という返事が来た。日本を楽しんでいるようで嬉しい。

父と見晴らしの良い公園までプチ・ドライブ

施設に入っている 92歳の母がコロナに罹患、高熱が出たので心配していたが、幸い熱は下がったとのことで、少しホッとした。ただコロナ後の症状が残っており、食も進んでいないとのことなので安心はできない。

状況が落ち着くまでしばらく施設に見舞いに行けない。今日は専ら一人暮らしの父(こちらは 94歳)のサポートを行う。買い物などの用事を済ませた後、見晴らしのよい丘の上の公園までプチ・ドライブ。よい気分転換になった模様。

帰りの三芳 PAで西日本のお土産フェアをやっていたので、ついお菓子を買い込んでしまった。聖護院生八ツ橋の箱がとてもお洒落。淡い色使いで四季が描かれ、枕草子の冒頭の章段が記されている。最近、大河ドラマ「光る君へ」の影響で、『枕草子』に目を通したりしているので、タイムリーであった。