Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

大栗博司『重力とは何か』『強い力と弱い力』『超弦理論入門』:宇宙論・素粒子論・超弦理論への骨太な啓蒙書 3部作

理論物理学者の思考を知る橋本幸士先生の楽しいエッセイを読んだら、むくむくと素粒子論、宇宙論の本を読みたくなり、ミチオ・カク『神の方程式』を新たに読んだり、大栗博司先生や村山斉先生の一般向けの啓蒙書を本棚から引っ張り出して読み直している。以前読んだのは10年前、ヒッグス粒子が発見された頃だから、最新の研究はもっとアップデートされていることだろう。

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今回改めて、大栗先生の『重力とは何か』『強い力と弱い力』『超弦理論入門』の新書「3部作」が、非常によい啓蒙書であると感じた。相対性理論量子力学、「標準模型」による素粒子論、超弦理論超ひも理論)を紹介する。難しい数学を使わなければ決して理解できない難解な理論の本質を、そしてその理論の背景にあるロジックを、視覚的なイメージやたとえ話を使って、できるかぎり一般の読者にわかるように説明をしている。非常に骨太で読み応えのあるものになっている。

10年前の読書メモを思い出しながら、改めてこの「3部作」を振り返る。

『重力とは何か』は、気鋭の素粒子論の研究者が最新の理論物理学の考え方を易しく解説。重力に関する七つの謎に始まり、それを解明するニュートン力学電磁気学相対性理論を紹介する。E = mC2 という有名な式に著される質量とエネルギーの等価性、時空間が伸び縮みし、空間の歪みによって重力が生まれる世界が、相対性理論の描くものである。

独立して発展してきた相対性理論量子力学の統一への道は困難を極める。量子電磁気学、場の量子論の基本的なアイディアを、歴史的エピソードも交えながら紹介している。重力以外の、電磁気力・弱い核力・強い核力を統一的に説明する「標準模型」に至る歴史である。

そして最後は、大栗先生の研究テーマ、相対論と量子論を統合する試みである超弦理論超ひも理論)を説明する。超弦理論はまだ完成をみていないが、ホーキングが提起したブラックホールの情報問題などを解決している。最新のホログラフィー原理にいたっては、少ない次元へ投射する中で、重力理論は使わず、量子力学のみで計算ができるらしい。このように最新鋭で難解な理論の意味するところを、数式を使わず、素人にも何とか感じさせようとする数々の試みに成功している。

『強い力と弱い力』では、ヒッグス粒子の発見によりその正しさが示された素粒子の「標準模型」、重力以外の電磁気力・弱い核力・強い核力を統一的に説明するモデルの全貌を解説する。「標準模型」構築の過程は、自分たちの根源を問う人類の叡智の積み重ねの歴史である。超弦理論超ひも理論)を専門とする理論物理学者、「標準模型」を知り尽くした大栗先生による最新素粒子物理へのガイドブックである。

同じ新書による素粒子物理学の啓蒙書でありながら、村山斉先生の本(たとえば『宇宙は何でできているのか』)と比べると、より本格的で骨太。村山先生の本が物質を構成する素粒子から始めるのに対して、この本は「力とは何か」「質量とは何か」から入って、標準模型に至るアプローチをとっている。したがって「場」の概念をきちんと導入する。そのうえ、耳慣れない素粒子の名前がたくさん出てきて、正直に言って、読むのにかなり苦労をする本である。

また数式の代わりに、理論物理学者たちがふだん議論している時のたとえ話や視覚的イメージを使う。より本質的にものごとを捉えるたとえである。その代表が南部陽一郎による自発的対称性の破れに、円形の体育館とその中に並んでいる人間を使っている。体育館自体は対称性を持っているが、その中に並んでいる人間が付和雷同で同じ向きに向きたがる。そのために自発的に対称性が破れているというイメージである。

このような本質的なたとえはいいのだが、たとえば素粒子の質量を生み出すヒッグス粒子を水飴にたとえた、ヒッグス粒子発見当時のマスコミの説明については、間違いだと断じている。

ブライアン・グリーンの『エレガントな宇宙』から12年。理論物理の日本人研究者による最新の『超弦理論入門』が著された。重力理論と量子力学の統一、「標準模型の限界」を越え、「空間」という概念さえ幻想にしてしまう超弦理論超ひも理論)の魅力を、その発展の過程と共に存分に解説する。本来、数式を使わずに言葉だけでは決して説明できない世界。それをわれわれ一般人にもわかる日本語で(力の統一原理を、金融市場のたとえで説明するのは非常にユニーク)、しかも新書というコンパクトなサイズで伝えてくれる。

正直、「超弦理論って数学の世界であって、物理じゃないんじゃないの?」と思っていた。自分たちの住んでいる宇宙が 10次元だとはにわかに信じがたいし、余剰次元が丸め込まれているという話もキツネにつままれたような話である。「標準模型のように実験で確かめる術を持たない以上、科学と言えるのだろうか?」世の中にはそういう議論さえある。

この本は超弦理論のほんのさわりの部分を紹介してくれるだけだが、そのパワフルな説明能力の可能性や、深淵な理論としての美しさを垣間見ることができる。なぜ多くの物理学者たちが惹きつけられてやまないのか、その魅力の一端を、素人で数学がさっぱりの僕でも感じとることができる。

また大栗先生自身の研究も紹介される。理論物理学者がふだんどのように考え議論しているのか。最先端の物理学をわかり易く伝えるもう一人の伝道師、村山斉先生との交流も挿入されている。

ミチオ・カク『神の方程式 「万物の理論」を求めて』:4つの力の統一理論をめざす科学者たちの挑戦

ミチオ・カク『神の方程式 「万物の理論」を求めて』は、究極の「万物理論」をめざす科学者たちの挑戦の物語である。一般相対性理論量子論は統合できるのか?重力、電磁気力、強い核力、弱い核力を統一して記述できる方程式は見出せるのか?その方程式はビッグバン以前の宇宙も描出できるのか?

物理学の歴史を振り返ると同時に、今後の展望についてもミチオ・カク博士の見解を知ることができる。明快かつ簡潔にまとめられた記述で、数時間で一気読みしてしまった。台風が来ていて、ゴルフをキャンセル。早起きしたのに悶々としていた午前中に、ちょうどよい読書となった。

大学でマクスウェルの方程式を学んだ時には、電気と磁気が同じ力であることが、一つの式に表わされていて感動したものである。その方程式は、電場が磁場を作り、磁場が電場を作る相互作用によって、電磁波が生まれるという現象も記述していた。僕の数学レベルで理解できたのはここまで。電磁気力は弱い核力、強い核力とも統一された「標準模型」の世界がある。

電磁気力、核力を統合した「標準模型」は、実用面で成功を収めているものの、複数の理論をつなぎ合わせたものであり、科学者たちは重力も含めて統一できる、よりエレガントな万物理論をめざしている。標準模型一般相対性理論の両方の量子補正が算出できる理論である。

その万物理論の有力候補が超ひも理論である。超ひも理論は対称性という美しさが正しさの根拠になっていて、実験による検証ができないという批判をカク博士は取り上げている。今まで見つかった理論は例外なく対称性や美しさを持つこと、実験による検証でなくとも、宇宙で観測される現象を説明することで間接的な証明ができると指摘、超ひも理論を追究する価値を説いている。

「THE 新版画 版元・渡邊庄三郎の挑戦」展と、美術館カフェの個性的なランチを楽しむ(茅ヶ崎市美術館)

「台風直撃。明日のゴルフは中止だなぁ…」とちょっとブルーになりがちな気分を盛り上げるべく、サザンオールスターズを聴きながら、湘南方面に向けてハンドルを握る。めざすは、茅ヶ崎市美術館で開催されている「THE 新版画 版元・渡邊庄三郎の挑戦」と言う展覧会である。

www.chigasaki-museum.jp

Web サイトで「新版画」とそれをプロデュースした渡邊庄三郎について、以下のように紹介されている:

江戸時代に確立された浮世絵木版画(錦絵)は、明治以降の西洋の写真や印刷技術導入の影響で、衰退の一途をたどっていました。その中で、あえて伝統的な絵師、彫師、摺師による分業体制の浮世絵木版画技術を使い、高い芸術性を意識した同時代の画家による取り組みが、「新版画」の始まりとされています。これを牽引したのが渡邊版画店(現在の渡邊木版美術画舗)・渡邊庄三郎(1885-1962)でした。

今回の展覧会では、貴重な初摺の渡邊版で、数々の「新版画」が紹介されている。渡邊庄三郎が声をかけた画家は多種多様。海外の水彩画家フリッツ・カペラリ、バートレット、橋口五葉、鏑木清方門下生の伊東深水川瀬巴水笠松紫浪、洋画家の吉田博、花鳥画の小原古邨(祥邨)…。これ以外の名前を知らない画家たちも、素晴らしい新版画を残していることを改めて知ることができた(出品リスト PDF)。

大好きな川瀬巴水吉田博の風景版画、そして美しい小原古邨(祥邨)花鳥画を楽しみつつ、より淡い色合いの笠松紫浪、少し古風な印象の高橋松亭の作品にも惹かれる。

展示替えも含めて今回の展覧会の全作品をカラーで収録した図録では、渡邊庄三郎の生涯、版元としての新版画のプロデュースぶりが紹介されている。新版画の作家についてもそれぞれ解説があり、新版画の概要を知るよい本となっている。

新版画と浮世絵の技法(彫り、摺り)・工程を対比しながら、その違いについてわかり易い説明がされている。また伊東深水の《髪》の摺りの全過程を示した順序摺が掲載され、39回にわたって摺りを重ねることで、複雑な色合いやぼかしを表現していることが明らかになる。

今回の展覧会で印象に残った作品をいくつか、図録の中から紹介する。

川瀬巴水《箱根宮の下 冨士屋ホテル》 昭和24年(1949)

これは初めてみる川瀬巴水の作品。箱根の富士屋ホテルに依頼されて制作した作品で、摺りの絵具を変えることで四季の変化を表している。春と秋は同じ版木、夏は旗と空が異なり、冬は別の版木を用意したようである。

笠松紫浪《霞む夕べ 不忍池畔》 昭和7年(1932)

川瀬巴水に比べると、笠松紫浪の作品はコントラストは控えめで、淡い色合いである。

小原祥邨(古邨)《金魚鉢に猫》 昭和6年(1931)

美しい小原祥邨(古邨)の花鳥版画。夏らしい左の摺りの版木の方が傷んでおり、人気が高かったことを思わせる。

美術館カフェ「ルシュマン」

新版画の世界を堪能した後は、美術館カフェ・ルシュマンにてランチ。ミートローフを頼んだのだが、やってきたプレートを見て、その野菜の多さにびっくり!そしてその野菜を口に運ぶと、新鮮で美味しい。「ルシュマンセット」は「大和豚のみそ漬けご飯サンド」である。

地元の農家やお店から食材を仕入れて、個性的な料理を提供している。車で来ていなければ、ワインとかビールとかを一緒に頼みたくなるメニューであった。

今回の展覧会は 10月11日に展示替えが予定されている。もう一度来たくなる展覧会であり、その際には別のメニューを頼んでみたい美術館カフェのランチであった。

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明治末期に渡邊正三郎が興した「新版画」(新板画)を紹介する。「浮世絵を継承しつつ、現代の画家による現代の浮世絵を創作する」ために自らが版元となった。板にこだわるという点で、新板画と呼んでいる。

この特集では、新版画の代表的な作品(橋口五葉、川瀬巴水、吉田博、伊藤深水、小原古邨)、そして「知られざる新版画家」として笠松紫浪、土屋光逸、大野麥風を、さらに「外国人画家による新版画」で10名の外国人作家を紹介している。

限られた紙数で多くの版画家たちを紹介している。もっとページ数があれば、もっと多くの作品を見られたのに。

橋本幸士『物理学者のすごい思考法』:最先端の理論物理学研究者の日常を知る

超ひも理論素粒子論という最先端を研究する理論物理学者は、一体どういう思考をしているのか。どのような日常生活を送っているのか。そしてどういう少年時代を過ごしたのか。橋本幸士教授による『物理学者のすごい思考法』は、その一端をつまびらかにしてくれる楽しい科学エッセイである。

橋本先生は、日常に潜むさまざまな現象から課題を設定し、物理学や数学の思考を使って解決する。餃子の皮を余らせない、スーパーで人にぶつからないなど、さまざまな問題について、その物理学的思考によるアプローチの一端を紹介してくれる。

関西人だからだろうか、必ず話にオチがある随筆となっている。自らボケ突っこみをしていたり、理系研究者が陥りがちな思考の罠に、至極まっとうに突っ込む奥さんの存在が素晴らしい。

学会に向かうバスが大混雑、明日はどのくらい早くバス停につけばその混雑が避けられるだろうか?物理学者は瞬時に頭の中で計算をする。その時の物理学的思考は4つのステップからなると言う:

  1. 問題の抽出
  2. 定義の明確化
  3. 論理による演繹
  4. 予言

あるいは、

  1. 現象の観察
  2. 現象の原因と発生に関する仮設の設定
  3. 理論計算による予測
  4. 予測の検証

という研究手法に則って、渋滞に巻き込まれた時に、この渋滞がいつ解消するかを予測する。

日頃からこういう思考を行っているからだろう。理学部の研究者同士は、

「あらゆる記述において、まず仮定を明らかにし、次に計算に用いる法則を明示して、それに基づき計算を実行し、最後に計算結果の物理的解釈を述べる」(P. 161)

という「理学部語」でのコミュニケーションを行っている。

超ひも理論という想像を絶するような難解な理論を研究する物理学者の頭の中など、全く自分とは異なり、きっと別世界だろう。そう思っていたが、少年時代にレゴや迷路作成に夢中になったとか、思わぬ共通点も見出したりして、僕も理系の端くれだったことを思い出させてくれる。そうそう、切符に印刷された4桁の数字から四則演算で10を作る数遊びは、僕の周囲でも流行っていた。

橋本先生は『超ひも理論をパパに習ってみた』、『「宇宙のすべてを支配する数式」をパパにな習ってみた』という本も著している。昔読んだ時のメモを紹介しておく:

(2015年4月)
超弦理論に代表される理論物理学者の考え方、生活の一端が垣間見える本。残念ながら超弦理論は到底理解できそうにないが。『大栗先生超弦理論入門』との併読がおススメ。

(2018年5月)
シリーズ第2弾の「標準模型」解説を呼んだのを機に、再読。素粒子をひもと考え、異次元のコンパクション、ブレーンを仮定することで、重力を含む場の統一が図れるという「超ひも理論」のさわりを示す。
素粒子物理学理論物理学者が女子高校生の娘とその友達に「標準模型」の数式を解説する「場の量子論」超入門。「超弦理論入門」に続くシリーズ第2弾。

標準模型の数式をいきなり示し、その各項が重力、電磁気力・弱い力・強い力、粒子・反粒子、湯川相互作用、自発的対称性の破れをそれぞれ表していること、各関数が素粒子すなわち場を著していることを、少しづつ説明していく。各項で行われる計算が、ファインマン図として示され、それが素粒子の生成・消滅・動きといった現象となる。

その数式の意味するところをごくごく大まかに触れ、理論物理学者たちが日々何に取り組んでいるのか、「標準模型」と拡張について、その一端を知ることができる本である。

仏教美術、中国美術、日本美術、工芸…。さまざまな作品を楽しむ「美をつくし―大阪市立美術館コレクション」展(サントリー美術館)

3連休の最終日。史上最大級の台風が九州に上陸、首都圏は晴れたかと思うと、時折激しい雨に見舞われる。そんな中、サントリー美術館「美をつくし ー 大阪市立美術館コレクション」展に出かける。

「美をつくし」は難波津の航路標識である「澪標(みおつくし)」になぞらえたものであり、「身を尽くし」にも通じている。さらに今回のキャッチフレーズ「なにこれ」は「何これ?」と思う「難波のコレクション」を表している。

以下はサントリー美術館の Web サイトにある展覧会の概要紹介である:

大阪市立美術館は、東京・京都に次ぐ日本で三番目の公立美術館として、昭和11年(1936)に開館しました。長年にわたり築かれたコレクションは、日本・中国の絵画や書蹟、彫刻、工芸など8500件を超え、時代も紀元前から近代まで実に多彩です。とりわけ関西の財界人によるコレクションをまとめて収蔵する点に特徴があり、美術館の敷地も住友家から大阪市に本邸跡地が寄贈されました。

現在、美術館の建物は登録有形文化財(建造物)に指定されていますが、開館90周年(2026)を前に大規模な改修工事が行われることとなりました。そこで本展では、この長期休館を機に、各ジャンルから厳選された優品をご紹介いたします。同館でもそろって展示されることが滅多にない名品を、館外で一堂にご覧いただける初めての展覧会です。

展覧会名「美をつくし」は、大阪市章にもかたどられる「澪標(みおつくし)」になぞらえたものです。難波津の航路の安全のために設けられた標識「澪標」のように、美の限りをつくしたコレクションの世界へ身をつくしてご案内いたします。

関西で活躍した弁護士・政治家・実業家たちの珍しいコレクションが、大阪市立美術館に寄贈されている。大阪の弁護士、田万清臣氏と夫人の明子氏による仏教美術コレクション。東洋紡社長・阿部房次郎氏による中国美術コレクション。山口謙四郎氏による石造彫刻コレクション。スイス人実業家・カザール氏による漆工芸・印籠・根付のコレクション。バラエティ豊かな展示品を楽しむことができる。たとえば…

銅像 誕生仏立像 白鳳時代 7-8世紀 田万コレクション

誕生仏とは、生まれたばかりの釈迦の姿を表した仏像。お釈迦様が生まれてすぐに右手で天を指さし「天上天下唯我独尊」と言ったことを表している。

青銅鍍金銀 仙人 後漢時代 1-2世紀 山口コレクション

不老不死を得た異形な仙人。青銅製で全面に銀と金を焼き付けている。

上村松園《晩秋》 昭和18年(1943) 住友コレクション

上村松園美人画は気品に満ちている。

北野恒富《星》 昭和14年(1939)北野恒富氏寄贈

北野恒富は豊かな情感と退廃的な雰囲気を持つ美人画で一世を風靡したそうだ。

そしてスイスの実業家、カザールコレクションの中から、いろいろな根付(江戸時代に使われた留め具)が展示されていた。

山水蒔絵箱根付 明治時代 19世紀 カザールコレクション

ミニチュアサイズの道具のような根付。

道成寺牙彫根付 江戸~明治時代 19世紀 カザールコレクション

舌切り雀や安珍清姫伝説のように物語や伝説を主題にした根付も多い。

獅子舞牙彫根付 明治時代 19-20世紀 カザールコレクション

面根付

面根付

伎楽や舞楽、能、狂言における面をかたどったものを面根付と呼ぶ。さまざまな表情の面が楽しい。

ランチはいつものように HARBS にて。パスタのランチサービスにサラダとハーフサイズのケーキ・飲み物がついてくる。最近、大好きなミルクレープがランチサービスで選べないのが残念ではあるが…。

東京ミッドタウンもだんだん秋を感じさせる装いになってきた。

「六本木アートナイト 2022」なるものが開催されていて、東京ミッドタウンにもいくつかの作品が紹介されていた。

村上隆ドラえもん

村上隆によるバルーン作品は、高さ 4m のドラえもん

松田将英「The Big Flat Now」

攻殻機動隊の「笑い男」とネット上のシンボル「笑い泣き」のマッシュアップだそうである。

朝、六本木までの道のりは晴れて快適なドライブだったが、帰りの首都高では結構激しい雨に見舞われ、スバルのアイサイトが動作しない時があった。

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『べらぼうくん』は「万城目ワールド」のルーツを辿る万城目学の青春記

万城目学の『鴨川ホルモー』『ホルモー六景』を一気読みしたことをよく覚えている。京都を舞台にオニを使って戦ごっこをするという荒唐無稽な物語である。その奇想天外な万城目ワールドの魅力にすぐにハマった。その後に読んだ『鹿男あをによし』は奈良が舞台で、鹿が人間の言葉をしゃべる話である。『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』は『鹿男あをによし』につながる良質な児童文学である。さらには大阪城を舞台にした『プリンセス・トヨトミ』、それとリンクする『とっぴんぱらりの風太郎』なども楽しく読んだ。

そして『鴨川ホルモー』や『プリンセス・トヨトミ』が映画化、『鹿男あをによし』はテレビドラマ化された。実写化された映像を観るたびに原作を読み返した。あるいは「栄西と建仁寺展」に行ったのに触発されて『鴨川ホルモー』シリーズを読み直したこともある。『ホルモー六景』の中に、建仁寺近くにある六道珍皇寺にある井戸の話が出てくる。閻魔のいる冥土とつながっている井戸である。「栄西と建仁寺展」には冥官であったとされる小野篁の立像が展示されていた。

万城目学の小説も楽しいが、エッセイ『ザ・万歩計』や『ザ・万遊記』、『ザ・万字固め』も、ユーモラスな内容が面白い。日常そして旅先の出来事について、ぬくもりのある文章でその思いがつづられている。瓢箪に夢中になったり、台湾で歓迎されたり、戦国武将によるサッカー日本代表を妄想したり。随所に描かれる東京と大阪の違いは、大阪に育ち東京に住んでいるマキメならではのものだろう。

このように万城目学の読書メモを辿ると、2008年とか2013年とか、10年前のブログ記事に行き当たる。

万城目学という小説家がどのようにして生まれたのか?『べらぼうくん』というエッセイは、万城目学が、大学受験に失敗してから、『鴨川ホルモー』で小説家デビューを果たすまでの10数年を振り返る青春記である。

自分の姿を少し自虐的に俯瞰しつつも、ユーモアのあるエピソードで構成されており、楽しく読むことができる。浪人、大学、就職、そして小説家になるために会社を辞める。ビルの管理人業務をしながら小説を書き、応募した賞に落ち続ける。それぞれの時代ならではの苦悩を抱えつつも、少しづつ何をやりたいのかに目覚めて、苦労しながら成長していく自分の姿を、万城目学らしい客観的な視点で振り返っている。

デビュー作である『鴨川ホルモー』が出版されるのは、ワープロで書いた原稿が、たまたま MS-DOS 形式でフロッピーディスクに保存でき、それによってオンラインのみで受けつける賞の応募に間に合ったかららしい。もしこの偶然がなかったなら…。万城目学という小説家はこの世に存在せず、僕は万城目学に夢中になることはなかったのだろうか?

荒唐無稽・奇想天外な「万城目ワールド」のルーツを知ることができる、万城目ファンなら必ず読むべき本である。

身につまされながら一気読みした『GE 帝国盛衰史』

『GE 帝国盛衰史』は分厚いが、あまりにも面白くて一気読みした。20世紀を代表する経営者、ジャック・ウェルチ。「インダストリアル・インターネット」という名のもとに、今でいう DX(Digital Transformation)を標榜したジェフリー・イメルト。強烈なリーダーシップのもと、経営変革を成功させ、日本の総合電機メーカーのお手本のような存在であった GE が、なぜ崩壊したのか?

ビル・ゲイツが「知りたかったGE崩壊の理由がこの本でわかった」とこの本を高く評価し、「巨大化した組織の分か、意思決定、会計に関する詳細な洞察を与えてくれた。何らかのかたちでリーダーの役割を果たしている人であれば、この本から学べることは多いはずだ」と自身のブログの中で推薦図書として取り上げている(訳者あとがきより)。

No.1 の事業のみを残し、M&A を繰り返すことで、ウェルチの時代に絶世を誇った GE が、イメルトの時代に崩壊する。

この本を読むと、立派な業績・派手なPR・マーケティングの裏で、ウェルチの時代から、会計操作によって、当期の業績をよくする手口を多用していたことがわかる。そして「実業」であるインダストリー部門の業績を、GEキャピタルという「虚業」で利益を出して、見えなくしていた。

デジタル転換を志向したものの、製品開発よりマーケティング・PR が先行した Predix。インダストリアル・インターネットという素晴らしいコンセプトを実現するはずのソフトウェアは、実際にはきちんと動いていなかった。

長期サービス契約により、会計操作で将来の利益を先取りする GEパワー。

トップが主導するアルストム買収が、どんどん価値のないものになっていくのを誰も止められない。取締役会が機能していない。

アクティビストによる投資。取締役会への介入。自社株買いによる株価上昇、マルチプルの改善をトップが志向するも、企業価値自体が下がり続けているため、無駄にキャッシュを使っている。

そして明らかになった再保険の問題。イメルトの後継者のフラナリーは愕然とする。その厳しい現実からの改革をめざそうとしたフラナリー自身は解任される。

こういった GE 崩壊の歴史がつまびらかになっていく。

僕の個人的な経験によれば、GE のマネジメントは優秀である。業績達成に向けてのリーダーシップが素晴らしい。それを支える人事制度も先進的だったと感じる。シックスシグマ、Lean Startup(ファストワークス) など、その時に必要とされる方法論を、全社に啓蒙・普及させていく力もある。

そんな GE がなぜ衰退・崩壊していったのか?

この GE 崩壊の大きな要因として、僕がもっとも注目したのは、正しい報告が上がらない組織風土と、それを引き起こした業績達成重視のマネジメントである。 GE では業績達成に対するマネジャーへのプレッシャーが強く、上へは正しく報告が上がらない風土になっていた。正しい(悪い)報告をする=クビ、だったのだから。反対意見を許さない組織。思ったことを正直に言えない組織。この組織文化により、事業の真実の姿が覆い隠され、経営は知らず知らずのうちに悪化の一途を辿っていった。

この GE とは比べ物にならないくらいスケールは小さいが、日本の電機メーカーでも、「忖度」と称される正しい報告が上がらない組織風土から、GE と同じように不正な会計操作が行われ、それが明らかになった後は、儲かる(売れる)事業をどんどん売却して、かつてからはほど遠い小さな姿になった会社がある。東芝である。GE 崩壊のミニバージョン。この本を読んでいて、まさに身につまされた。