Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

小川洋子『薬指の標本』、『まぶた』、『物語の役割』、『深き心の底より』

『猫を抱いて象を泳ぐ』『犬のしっぽを撫でながら』に引き続き、小川洋子を集中的に読んでいる。

中編を二つ収めた『薬指の標本』、短編集『まぶた』。初期のエッセイを集めた『深き心の底より』。そして創作活動とそれを支える読書歴を紹介した『物語の役割』では、『まぶた』に収められた小品「リンデンバウム通りの双子」がどういう経緯で生まれたか、その舞台裏が明かされる。

数学者・藤原正彦との出会い、アウシュヴィッツホロコースト文学、信仰とともにあった生活、『アンネの日記』、『ファーブル昆虫記』、『トムは真夜中の庭で』…。これらが彼女が紡ぎ出す物語に大きな影響を与えてきたことがわかる。『物語の役割』には、『犬のしっぽを撫でながら』と共通する話も多いが、一部、心に残ったところをメモしておく。


私はただ誰かが落としていった記憶のかけらを拾い集めて、その人が言葉にできなかったことを、たまたま自分に言葉という手段があったから小説にしただけです。その物語は語られるのを待っていて、それを私が見つけただけなのです。
小川洋子『物語の役割』、P.81


私も若い時は、自分自身がいちばん重要な問題でした。自分が何者かということを知ろうとして小説を書いていました。二十年ほど書いてきて自分がそんなにこだわるほどの人間じゃないことがだんだんわかってきました。いったん自分から離れて、自分が想像も予想もしなかったような広い場所に立って世界を観察する。観察者になるという姿勢を持った時、生きている人も死んでいる人も、自分も他人も動物も草も花もみんな、あらゆるものが平等に見えてきた。自分自身に埋没しないという姿勢で、書いていこうと思うようになったのが、この一、二年ぐらいでしょうか。そのことに少しずつ気づきながら、小説を書くことが喜びでもあり、また苦しい作業でもあるということを学んでいる最中です。
小川洋子『物語の役割』、P.82

薬指の標本 (新潮文庫) まぶた (新潮文庫) 物語の役割 (ちくまプリマー新書) 深き心の底より (PHP文庫)