Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

NHK BS テレビドラマ「舟を編む 〜私、辞書つくります〜」が秀逸。辞書を引きながら楽しんでいる

辞書を作ることに心血を注ぐ人たちを描いた三浦しをんの『舟を編む』。単行本だけでなく文庫本も持っていて、繰り返し読んでいる(文庫本には主人公・馬締光也が香具矢に宛てた恋文全文が掲載されているのだ)。

映画もよい出来だったと思うが、2月から放送されている NHK BS のテレビドラマ「舟を編む 〜私、辞書つくります〜」も素晴らしい。

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原作では第2部と言っていいだろう、後半戦の主人公、岸辺みどりが辞書編集者として成長するさまに焦点をあてたドラマである。「言葉」を大事にする原作の世界観をそのままに、辞書編集の仕事をさらにくわしく掘り下げ、また原作のエピソードを現代風にアレンジしている。

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ドラマの中では、いろいろな言葉、その語釈が出てくる。たとえば「あきらめて、あきらめて、あきらめる。」は「明らめて、諦めて、明らめる。」つい手元にある辞書を引いてしまう。「物書堂の辞書アプリ」で、複数の国語辞書を横断で検索して、語釈を比較するのが楽しい。紙の「ぬめり感」にこだわっている(「こだわる」も本来はネガティブな意味だと『舟を編む』で知った)辞書編集者には、申し訳ないけれど、最近は紙の辞書を引いたり読んだりする機会は少なくなってしまった。

第3話で岸辺みどりは見出し語チェックのミスをしたように思う1。「血潮・血汐」のチェックをせずに「千入」をチェックしていた。それはドラマ後半になって大事件になる伏線だろう。原作では見出し語から『ちしお【血潮・血汐】』が抜けていた問題である。映画では「他に抜けがないか」、すべての作業を中止して、泊まり込みで大々的にチェックする様が描かれていた。さてドラマではどうなるのか?楽しみである。

第4話では図版を検討している。「丑の刻参りの蠟燭は2本か3本か問題」「アルパカの首短過ぎる問題」などで取り上げられている図版は、三省堂の『大辞林』から引用されていることがわかった。

池田エライザの好演も光る。馬締光也演じる野田洋次郎は、長いセリフが大変だっただろう。

原作者である三浦しをんは、岩波書店小学館の辞書編集部へ取材をしており、また三省堂大辞林』の編集に携わった倉島節尚『辞書と日本語 国語辞典を解剖する』を参考文献に挙げている。

また原作が出版された後に、『三省堂国語辞典』(通称『三国』)の編集者である飯間浩明『辞書を編む』『三省堂国語辞典のひみつ』などが刊行されている。ドラマはこれらの本も参考にしているかもしれない。

辞書を引き引きドラマを楽しんでいるが、いくつかの辞書は、その最新版を購入していないことに気づいた。どうせなら 4月まで少し待とう。物書堂辞書アプリのストアは、毎年恒例「新学期・新生活応援セール」を開催してくれるからだ。

最後にここで紹介した『舟を編む』や『辞書を編む』の、当時の読書メモを掲載しておく:

新解さん」など個性的な辞書を読むのは楽しい。三浦しをんが辞書編集を題材に小説を書いたとあらば、もう読むしかない。期待通り、いや期待以上に面白かった。電車の中で思わず笑ってしまいそうになるのをこらえた。辞書編集者の言葉へのこだわり。言葉の力を改めて謳う(2011年10月7日)。

本屋大賞」を受賞したこともあって、2012年4月再読。著者の言葉へのこだわりがひしひしと伝わり、思わず辞書で確認したくなる言葉に溢れている。辞書編さんを通じてのさまざまな人間模様をめぐりながら言語化の力を改めて感じさせる。(2012年4月)

映画を観たのをきっかけに3度目の読み直し。大筋で原作を踏襲しつつも、原作を損なわない形で独自の世界を作り上げた映画もよかったと思う。(2014年1月)

岸辺みどりの辞書編集者としての成長に焦点をあてたNHK BSドラマをきっかけに読み直し。「言葉」を大事にする原作の世界観をそのままに、辞書編集の仕事をさらにくわしく掘り下げ、現代風にアレンジしており、好感の持てるドラマである。(2024年3月)
辞書編纂を描く好きな小説。単行本で読了済だが、真面目で不器用な主人公、馬締の恋文全文掲載とあらば、文庫版も買わざるを得ない。確かに香具矢さんが「ラブレターか自信が持てなかった」というだけのことはある。
辞書の編集者を描いた三浦しをんの小説『舟を編む』のリアルバージョン。『三省堂国語辞典』(三国)の編纂者の一人が辞書作りの現場を生き生きと紹介する。街中、雑誌などからの用例集め、そこから身を切るような取捨選択をして辞書に載せる言葉を選ぶ。そしてその一つ一つに真心を込めて語釈を書いていく。また現版の語釈も丁寧に見直していく。言葉に対する愛情がひしひしと伝わってくる。

生涯で145万もの用例を集めた見坊豪紀(けんぼうひでとし)が生み出した『三国』の編集方針は大きく二つ、ここ40-50年日本で広く使われている実例に基づいて項目を選び(実例主義)、中学生でもわかる説明を心がけている。この本で紹介されている第7版は2013年末に出版される予定。
三省堂国語辞典』通称『三国』の編纂者による『三国』の紹介・解説。現代日本語に気を配り、わかりやすい語釈をめざしている。同じ著者による『辞書を編む』が用例採集や語釈を書く辞書編纂の現場を描いたのに対し、この本は『三国』と言う辞書そのものを紹介する。

現代の日本で使われている言葉を選び、『三国』の語釈・例文の中ではどのように説明されているか。その理由・背景を丁寧に解説する。たとえば「的を得る」「全然大丈夫」などをあえて誤用と決めつけないなど、変わりゆく日本語に対して、ある意味、寛容な編纂方針である。若者の言葉「やばい」はもちろんのこと、インターネットでの笑いを示す "w" や「中の人」、「ふつうに」など、新しい言葉・語用も積極的に取り入れている。辞書編纂者による言葉についてのエッセイと言ってもよい本である。

この本に出てくる語例を、『新明解国語辞典』(通称:新解さん)や『大辞林』などで引いてみて比較すると、辞書の違いがわかって興味深い。

辞書編纂者である著者は、語釈を書くためにさまざまなことに実地にトライしている。最近のライターの仕組みを理解するために分解してみたり、「フラグが立つ」の本来の意味を知るためにプログラミングの勉強をしたり。『三国』をますます「読んで」みたくなる。


  1. みどりのミスではなく、見出し語リストに抜けがあったという問題であった。