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外国語習得の理論的根拠を示す『外国語学習の科学』

英語を職業とする友人に、「教える方も学ぶ方も一度は目を通しておくべき」ということで薦められた本が、『外国語学習の科学 --- 第二言語習得論とは何か』である。外国語習得(第二言語習得 = SLA、Second Language Acquisition)の研究がどこまで進んでいるかを一般向けに解説した本である。言語習得のメカニズムについては、まだわからないことも多いが、さまざまな仮説が実験を通して検証されてきている。この本は、SLA に関するこれまでの研究成果を紹介し、より効果的な外国語学習方法をつなげようとするものだ。これまで経験的にしか語ることのできなかった外国語の学習方法に、理論的な根拠が伴うとあって、その内容は非常に興味深いものであった。詳しくは本書を読んでもらいたいが、ここではその一部の内容を紹介する。

外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か (岩波新書)

外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か (岩波新書)

英語を学習していると、下記のようなごく素朴な疑問が頭に浮かんでくる:

  • 欧州の人は英語の上達が早いのに、日本人はなぜ苦労するのか?
  • 海外赴任すると、子供の方が大人よりも上達するが、年齢の影響があるのか?
  • 日本語は誰でも話せるようになるのに、英語はうまくなる人とそうでない人がいるのはどうしてだろう?

近年の SLA 研究によれば、最初の疑問については、以下のことがわかっている(本書 P.11):

  • 言語間には距離がある。距離が少ないほど学習しやすい。
  • 第二言語習得(SLA)は母語の影響を受ける(転移)。
  • 母語第二言語の距離が近いほど、
    1. 転移が起こりやすく、
    2. 全体として学習が容易になるが、
    3. 違っている部分については間違いがなくなりにくい。

つまり英語が属するインド=ヨーロッパ語族と日本語は遠い(距離がある)ので、日本人にとって英語学習は容易ではないということになる。

また年齢が学習の成否に非常に大きな影響を与えることも、定説となっている(本書 P.31)。中には、ある時期を過ぎると学習が難しくなる「臨界期」の存在を提唱する仮説もある。なぜ大人になると外国語習得が難しくなるのかについては、一つには母語を習得することにより、それが外国語習得の足かせになるという説があり、それをサポートするデータも出てきている。つまり「臨界期」は母語の習得によって起こる可能性が示されてきているのである(本書 P.45)。

さらに外国語学習の適性ということでは、外向的な人が向いている、お酒の効用はある、そして相手の文化に興味を持つ動機づけを持っている、といったことがわかってきているようだ。

学習のメカニズムという点では、インプットの重要性は言うまでもない(インプットのみで言語獲得可能とする「インプット仮説」もある)。ただインプットのみでの習得は難しく、アウトプットが必要と言う証拠が出てきており、「インプット」+「アウトプットの必要性」が最低条件とのこと。実際に発話しなくても、頭の中でリハーサルして文を組み立てる、つまり「外国語で考える」ことが大切である。

また車の運転をはじめ、スキルは最初は意識的に学習され、何度も繰り返すうちに自動化して無意識にできるようになるという性質を持つが、外国語習得もスキルと同じと考える「自動化モデル」も提唱されている。

「インプット仮説」と「自動化モデル」を考慮したものが言語獲得モデルとして定説になりつつある(本書 P.115)。

  1. 言語習得は、かなりの部分がメッセージを理解することによって起こる。
  2. 意識的な学習は、
    • 発話の正しさをチェックするのに有効である。
    • 自動化により、実際に使える能力にも貢献する。
    • ふつうに聞いているだけでは気づかないことを気づかせ、1. の自然な習得を促進する。
1. は母語でも外国語でも共通、2. は外国語習得に特有の現象である。外国語の場合、インプットの量が限られてしまうため、それを補うためには例文暗記が有効であるとのこと。

そして、第二言語習得で望ましいと考えられている原則は、「言語の形式にではなく言語の意味に焦点をあてる、すなわち言語を使ってメッセージを伝える」ことに学習活動の重点を置くこと。これは「コミュニカティブ・アプローチ」と呼ばれている(本書 P.120)。インプット一辺倒だけでなく、会話(インターアクション)を取り入れて、言語を意思伝達の手段として使っていく。中心はコミュニケーション活動に置き、その中で文法にも注意を向ける「フォーカス・オン・フォーム」と呼ばれる手法が効果的とされているようである。

以上のようなこれまでの SLA 研究でわかってきたことをもとに、最終章では、外国語学習の効果的な方法をまとめている。ここではその一部を箇条書きにまとめておくが、詳細は本書を参照されたい。

  • コアの語学力は、背景知識のある専門分野・興味のある分野にしぼってインプットすることで、身につける。
    • 外国語「を」勉強するのではなく、外国語「で」情報を入手するレベルに早く到達するよう努力する。
  • 母語第二言語の距離が遠い場合には、よく使う表現や、例文、ダイアローグなどを暗記することが、自然な表現を身につけるために効果的である。
  • アウトプット(話す、書く)は毎日少しでもやるべきである。
    • たとえば日記をつける、インプット教材についてコメントするなど。
    • アウトプットの機会を増やす中で、頭の中でリハーサルをするようにする。
  • 語彙を文脈の中で覚える。
    • 推測してから辞書を引く。
    • コロケーション・文法も同時に覚える。
  • 発音はまねることから。
    • 発音、リズム、イントネーションなどをできるだけ正確にまねるリピーティング、シャドウイング、音読が効果的。
  • 「文を作れる」くらいの基本的な文法を身につける。
  • 動機づけを高める。

「なぁんだ、そんなことなら経験的に知っているよ。」と思うことも多いが、SLA 研究成果により裏づけされていることの意味は大きい。今後、その研究成果に基づいて、外国語の学習方法・教育方法がより効果的なものに強化されていくことを期待している。

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