Muranaga's View

読書、美術鑑賞、ときにビジネスの日々

クラウド・プロバイダをめぐる動き --- IBM、Sun、Cisco、Amazon、「オープン・クラウド宣言」


最初のラウンドはクラウドの構築段階である。そこでの勝者はハードウェア・メーカーになりそうだ。

しかしより長いレンジで考えると、ハードウェアビジネスは負け組になっていく。クラウドが成熟するにつれ、利益は圧縮される。なぜならば購買力を持った顧客がほとんど少なくなっていくからだ。大きなクラウド・プロバイダがサーバの価格を決めることになる。

(中略)

長い目で見れば、ハードウェア・メーカーはクラウド・プロバイダへのサプライヤーになるか、自らがクラウド・プロバイダになるかのどちらかに分かれていく可能性がある。Dell は前者、Sun は後者の候補で、Network.com と呼ばれるクラウドのようなサービスを提供している。HP と IBM はハードウェア売りと IT サービス提供のバランスをとっており、どちらもやろうとしている。


あまり言及されることはないが、Cisco や EMC などネットワークやストレージ機器の会社もその競争参入者である。データセンターの OS を押さえるプレーヤーも勝者となるだろう。VMware は仮想化のリーダであり、EMC を 86% 所有している。競争はますます激しさを増すだろう。

半年前のThe Economist が予測していたように、クラウド・プロバイダの競争が激化している。

もし IBM による Sun の買収が成立した場合は、IBM は顧客のプライベート・クラウド化を支援する IT サービスに焦点を当てるだろう。Sun の技術を応用して、企業のプライベート・データセンターへの仮想化技術の導入と、パブリック・クラウドとシームレスに連携させる仕組みの提供を行うと思われる。

Sun はなかなか儲かりにくいハードウェア売りではなく、データセンターのクラウド化、ないしはデータセンターそのものを売る戦略である。そこでは Sun の持つソフトウェア技術資産、あるいはオープンソースの技術が活用される。イノベーティブな技術を生みながら、その商用化では必ずしも成功していない Sun。IBM との提携によってその技術が商用化される機会が広く開かれるのならば、それは Sun にとってもプラスであろう。

データセンター用ハードウェアでは HP や Dell が、Sun や IBM の競争相手である。そして "Unified Computing System" 構想を 3月16日に発表した Cisco も気になる存在である。基幹であるネットワーク機器から計算機サーバへ進出することにより、データセンターを垂直統合で押さえる戦略である。Cisco が得意な破壊的イノベーションではなく、バリューチェーンの隣りのフェーズに進出する Cisco らしからぬ戦略(by Scott Anthony)ではあるが、データセンターの基幹であるネットワークを圧倒的に支配している存在だけに不気味である。Cisco のターゲットは、企業のデータセンター、プライベート・クラウドである。

実際のところ、クラウド・プロバイダの視点に立てば、IBM よりも Cisco が Sun を買収した方が、互いに重複するビジネスが少なくて効率がよさそうだ。同じ西海岸の会社でもある。しかし、計算機(Sun)と通信(Cisco)、実は意外と「近くて遠い」存在である。僕もよく経験することだが、この二つは文化や価値観が違うため、言葉がなかなか通じない。東海岸のスーツ(IBM)と西海岸のギーク(Sun)の方が、同じ計算機業界同士、まだ言葉が通じそうである。通信ネットワークの Cisco が、計算機サーバのサポートを顧客視点から提供できるかが鍵となるだろう。


クラウド・コンピューティングは、低位のユーティリティ層のところでは大きな利益は生みにくい。高位の Web 2.0 アプリケーション層ではネットワーク外部性の効果が働く。クラウドに集積されるデータベースのネットワーク効果をうまく働かせるために、適切なプラットフォームを作り出した企業が大きな利益を得る可能性がある。

競争が激しくなっているデータセンターのハードウェア・レイヤーであるが、いずれ利益が薄くなる。単にハードウェアを提供する、あるいはデータセンターを提供するのではなく、ティム・オライリー(Tim O'Reilly)が指摘するように、「プラットフォーム」として、その周囲にビジネス・エコシステムを作り上げることが必須となる。Sun が「オープン性」を謳ってクラウド・コミュニティを作り上げようとしているが、まさにそこを狙っているからだろう。

IBM、Sun、Cisco といったプライベート・クラウドをメインのターゲットとするプロバイダたちが "Open Cloud Manifesto"(「オープン・クラウド宣言」)を発表し、オープンな標準規格や相互運用性の尊重を謳ったことも、後発部隊が連合することで、early adopter の次にいる大企業の IT 需要を呼び込む考えであろう。その一方で、自社クラウドへの縛り、すなわち lock-in(ロック・イン)がしにくくなるという側面がある。オープンな技術で潜在顧客層に広く網をかけ、IBM のように IT サービスで顧客を lock-in していくことになるだろう。そういう意味では、Sun の技術革新性とオープン性、IBM の IT サービスは、よい組み合わせと言えそうである。

一方で、パブリック・クラウドのプレーヤーたち、すなわち AmazonGoogleMicrosoftこの宣言に署名をしていない。パブリック・クラウドのプロバイダは、そのスケール・メリットを活かすために大きな投資をしている。あるいは本業で投資した自社資産をクラウドに利用している。彼らが主にターゲットとするのは、大企業ではなく新興のスタートアップやスモールビジネスの会社であり、そういった顧客の自社クラウドへの lock-in を狙っている。その意味では「オープン・クラウド宣言」の趣旨とそぐわないのである。

特にパブリック・クラウドの開拓者であり、先頭を走る Amazon は、自らの開発スピードを上げることで Amazon Web ServicesAWS)のデファクト化を狙っていると思われる。AWSクラウドはさまざまな仮想マシンが走る「場」のようなものだ。その中で生存競争があり、よく使われるものが自然と生き残っていく。

顧客からのフィードバックを受け、地道に改良を積み重ねていく Amazon が、パブリック・クラウド業界を当面のところリードし続けるように思う。プライベート・クラウドのプロバイダたちは、AWS と互換性・相互運用性があることを、企業顧客に訴求していくことになるのではなかろうか。

クラウド・コンピューティングに関するエントリ