今年の新入社員に対して経験談を語る、技術幹部講話を行った。要するにおじさんの思い出話、ですね。新入社員たちにとっては迷惑な話。
ちょうど前日、研究所に入社した者たちの同期会があり、リタイア後のことがいやでも視野に入る時期であることを実感したばかり。こちらは社会人になって 30年弱、新入社員はちょうど一世代違う訳で、親子ほども年が違う若者に、果たして僕の話は通じるのだろうか。僕自身のことを考えてみても、入社時に聞いた幹部の話はほとんど何も覚えていない。わずかながらに記憶に留まっているのは、当時副社長だった渡里さん(のちの社長、ココム事件で辞任された)の言われた「石の上にも三年」という話。どんなに大変でも、仕事に満足できなくても、三年はやめないで頑張ろう。違った風景で仕事が見えてくる。そういうようなお話だった。それに影響を受けたわけではないのだが、結局、同じ会社に 30年も勤めてしまった…。
話の掴みに何かないか、と思って、新入社員アルバムを引っ張り出してみた。そこには学生のような姿の(そりゃそうだ)自分が写っており(しかもなぜか白黒)、自分自身もびっくりである。大島に集合研修を行く船の中での一枚である。
1984年に情報システムの研究者として入社し、ソフトウェアの技術開発を行った研究所時代。この16年の間に、米国への留学や工場への単身赴任を経験、よい成長の機会を与えてもらったと思っている。アプリケーションから OS・ミドルウェアといったシステムソフトまで、またワークステーションから組み込み機器のソフトまで、広範囲に経験した。その中にあって、プログラマから開発プロジェクトリーダへ、設計・コーディング能力からコミュニケーション力へと、求められる役割とスキルが変わっていった20代から30代であった。
そして2000年からの本社勤務。インターネットサービスを事業とする新カンパニー発足時に、研究所の仲間たちと異動、そこで新規事業開発マネジャー、技術部長、営業部長とさまざまな職歴を体験、最後は事業部長として、ネットサービス事業の全責任を負う立場になった激動の10数年間であった。24時間365日動き続けるデータセンターを運営するために、可用性・耐故障性を備えた分散システムの開発を、事業の現場で実践した。一方、マーケティングや営業、計数管理、資本提携、人材採用など、研究所にいたらやらなかったであろう仕事を、無我夢中でこなしていった。「企業価値?」「デューデリ?」最初はよくわからなかったが、資本提携のプロジェクトをいくつか進めるうちに、ファイナンスの知識が実務の中で身についていった。ネットサービスの運営にミスがあり、営業部長として大阪のお客様へ何度も足を運んで謝ったことも今ではいい思い出だ。築き上げた信頼が一瞬にして崩れる怖さを実感した。その一方でミスをしても誠実に対応し続けることで、もう一度任せてもらえるという経験もした。マネジャーから経営者へのステップを踏んだ40代である。
成功したことよりも失敗したことの方が多い。開発プロジェクトは苦しく辛いが、やり遂げた時は一気に報われ、楽しい思い出となる。新しく社会人になった人に向けて、自分の経験の中から次の三つを選んで話をした。テーマは「技術者としての成長」である。
- 開発プロジェクト管理:失敗から学んだこと
- 海外経験:米国の一流大学での研究
- 事業現場:新規事業開発、顧客から商品と技術を考える
一つ目で取り上げたのは、「15年前に Kindle を作ろうとしていた」話。
二つ目は海外経験、米国ピッツバーグ(Pittsburgh)にあるカーネギーメロン(Carnegie Mellon)大学での訪問研究員としての仕事や生活の紹介。Satya 教授の下で、モバイルコンピューティング用の OS(ファイルシステム)の研究をした 1年半(「Disconnected Operation の思い出」、「ピッツバーグを懐かしむ」)。当時の研究室のメンバーの写真が 2枚ある(左から 1995年4月、1996年3月)。僕も30代前半であった。
米国滞在時の強烈な思い出として紹介したのは、一緒に仕事をした Ph.D コースの学生の話。Qi Lu は、貧しい中国の地方出身。二度とない留学の機会を絶対に成功させる強い意志とハングリー精神を持ち、ものすごいハードワークをしていた。卒業後、IBM の研究所へ入社、Yahoo! へ転職して検索エンジンの開発を担当、のちに Microsoft の Steve Ballmer に直接リクルートされて、今は Microsoft Online Services のヘッドとなっている。「朝の3時に起きて夜10時まで働く」という伝説を持つ男である(「懐かしい名前と顔を見つけた」、「Qi Lu とコンタクトできた」)。
三つ目は、本社での新規事業インキュベーション、そこから求められる技術者への期待という話で、以前若手研究者に対して行った講演「研究所からビジネスの現場へ」がもとになっているが、まだ業務経験のない新入社員には「何のことやら?」だったかもしれない。
最後にまとめとして、新入社員への期待・アドバイスを述べ、入社 1年目に読む本を何冊か推薦した。英語学習についても少し触れた。ただしこれらのアドバイスは、完全に僕の個人的な経験に基づくものであり、新人の皆さんの役に立つかは疑問である。こういったことはむしろ自ら体験して学びとっていって欲しいと思う。
- 専門能力を身につける
- 自分の軸、「幹」となる能力、ただしタコツボにはまるな
- 明るく、柔軟であれ
- 環境変化に適応できる力、精神力
- 約束を守ること(締切・コスト・品質)
- 信頼されるビジネスマンになれ
- ロジカルなコミュニケーション能力を身につける
- 数字・ファクト・ロジック + 「情」
- 語学力
- 上達には時間がかかる。いつ始めるの?今でしょ!
- 本を読む
- 日誌をつける
さて、少しは興味を持ってもらえたのかな?幸い、寝てしまった人はほとんどおらず、何とか 1時間、話を持たせることができたようだ。ちなみに新入社員の9割がたが Facebook ユーザであった。
追記:2013.7.7
今回、自分のキャリア形成の中で、特にエポックメイキング的なところを取り上げたのだが、「研究開発していたものを商品化する」という最も基本的な話をきちんと伝えきれなかった気がする。世の中にある研究のサーベイ、自分たちのアイディアの検証、プロトタイピング、事業部や社外の人たちからのフィードバック。研究開発を続けるための資金の調達、チーム作り。事業部との共同開発、事業部への移管。
以上は、研究所側から見たプロセスだが、事業部側から見ると、研究所から出てくる製品のアイディアのマーケティング不足を感じる。一言でいえば独りよがり。作りたいものを作った、解ける問題を解いたという印象。汎用性の高い課題解決をしたものが、ニッチではなく広く使われていくと思うが、そういう感触を持てるアイディアが研究所から出てくることは意外と少ない。
研究所と事業部、開発サイドと事業サイドとが互いにフィードバックを掛け合う中で、新しい商品は生まれていく。特にインターネット系のソフトウェアサービスは、このフィードバックを素早くかけられる。ただそのプロセスは地道なもの、基本動作の繰り返しで、なかなかわかり易い形で表現しにくい気がする。ある一つの具体的なアイディアなり商品・ネットサービスなりをとりあげて、このプロセスをもっと伝えられればよかったのかもしれない。反省。
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