Muranaga's View

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安宅和人「知性の核心は知覚にある」:ファーストハンド、ハンズオンの経験を重視する

安宅和人さんがベストセラー『イシューからはじめよ』で次のようなことを述べていた

  • 一次情報を死守せよ。それを自分なりに感じよ。
  • 現場でどこまで深みのある情報をつかめるかは、その人の判断尺度・メタレベルのフレームワークの構築力が問われる。ここは一朝一夕には身につかない。

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イシュー、すなわち課題の認識・設定が課題解決の質を決めるが、その際にはそもそもの対象の意味を理解すること、すなわち「知覚」が重要であり、質の高い「知覚」は多くの経験を積まない限り、身につかないという訳だ。DHBR に寄せた論文「知性の核心は知覚にある」は、このことを深掘りした論考である。知性とは何かについて科学的に探究した論文ではないが、最初にものごと・対象の意味を理解する知覚について、安宅さんなりの考えをまとめて、その磨き方まで言及している。

この論考をサマライズして、ICCサミット Kyoto 2017 にて安宅さん自身が説明しているので、参照されるとよいだろう。

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AI x データの時代、知的作業の多くが機械に置き代わる。では人間のなすべき仕事とは何か。そもそも知性とは何か、知的作業とは何か。人の思考は情報を処理するだけにとどまらず、川上の段階で、そもそも何を「知覚」するか、意味を理解することこそ、知性の核心である。知覚の質こそが、課題解決の質を決める。豊かな知覚を持ち、課題解決を行うためには、できるだけ多くのファーストハンドな経験を積むべきと説く。

振り返って、今、自分の仕事の多くは、一次情報ではなく、二次情報に基づく判断である。部下からの報告を聞いて、総合的に状況を判断し、次にすべきことを決める。何が本質で、何がそうではないかを常に意識しながら話を聞いて、ファクトを見極めなければならない。経営者として、これまでに培ってきた経験・知見、すなわち「知覚」能力が試されている。

一方、それと同時に「一次情報ではなく二次情報から意思決定をする」という「ファーストハンド」の経験を、今この瞬間も積み重ねていることになる。50半ばも過ぎたこの年齢になっても、僕の経営者としての「知覚」は成長しているのだろうか?

以下、論文の要点をメモしておく。この中で最後にある知覚を鍛えるマインドセットと、五つのコツは心に留めておきたい:

  • 思考は情報処理の三段階(感覚・対象理解・意味理解 → つなぎ込み・統合・メタ認知・知覚 → 判断・実行)の過程を通じて行われる。これが知的活動の全体であり、これを行う能力が知性である。
  • 知覚とは対象の意味を理解すること。周囲の環境を理解するために知覚情報を統合し解釈することである。情報処理の最初の2段階に相当する。
  • 対象の意味を理解することはすべて知覚の問題。人間は価値(意味)を理解していることしか知覚できない。知覚できる範囲は、その人の理解力そのものである。それは ①知的経験の深さ、②人的な経験の深さ、③思索の深さを表している。
  • 芸術家の感性とは現実からのエッセンスの見極め力であり、科学者が自然の中から本質を見極める力と共通している。感性は知性の一部であり、異質なものではない。
  • 人間の思考は脳の活動であるが、五感・感覚器も思考のツールと言える。
  • 脳神経系はつながりだけがあり、情報処理過程と記憶過程が分化していない。「二つ以上の意味が重なりつながった時」と「理解した時」は本質的に区別ができない。理解するとは既知の二つ以上の情報がつながること、連関が起こること。
  • 同じつなぎを何度も使うと、このつながりが強くなる。これが学習である。既知の何かとつながる理解の経験を繰り返さないと、頭には残らない。知識は過去の知覚、理解情報であり、二次的な知覚情報である。
  • 課題解決は知的生産の高度に複合的な姿であり、思考プロセスの入口と出口を横断する典型的な総合力を問われる。課題解決には大きく二通りある。

(A) ギャップフィル型:症状から処方箋を出す医師
(B) ビジョン設定型:マツコ・デラックスのような司会者になりたい若者

  • 世の中の課題解決の9割は(A)。書籍も(A)の処方箋しか書かれておらず、(B)の課題に(A)でアプローチして息詰まるケースが多い。
  • 商品開発には、既存ブランドのライン拡張、既存カテゴリーでの新ブランド開発、新カテゴリーの創造とあるが、3番目のレベルが(B)である。マツコ・デラックスでもない、上田晋也でもない「他の誰とも異なる」新しいカテゴリーの司会者を打ち立てなければ生存できない。
  • ライン拡張は、既存スペックのマップとトレンドの見極めが鍵となる。既存カテゴリーの新ブランド開発は、最もコアになる消費場面の見極めとそれに沿ったベネフィットのデザイン・提供が鍵である。
  • 新カテゴリーの創造は、これまでにない市場ニーズの切り出し、それが実現できるかが勝負になる。一つのアプローチは、ニーズが見えていて既存の方法では実現できないので新しい方法を出すケース。例えばプリウスによりハイブリッド車の提供がそれにあたる。
  • もう一つのアプローチは市場を既存のカテゴリーではないニーズの視点で束ね直し、提供されている商品とのギャップを見極める方法。技術革新が効かない世界でのアプローチで、最もパワフルで再現性のある方法の一つでもある。
  • それは市場を最小消費単位である消費場面・購入場面にまでバラバラにして、求めるニーズ(鍵となるベネフィット)の視点で束ね直し、市場の再構造化を図る。オケージョン=ベネフィットと呼んでいる方法論だが、伝承には非常に苦労してきた。市場の切り分けが難しい、形のないニーズの広がりをMECEに、妄想も広げつつ言語化する。いずれも「知覚」の質と言語化能力の問題である。
  • 課題の性質の見極めにも「知覚」の質が重要であり、その解決のアプローチにおいても「知覚」の質が重要である。課題解決においてセンスが必要と言われるが、センスの本質は「知覚」の質にあった。
  • AIが発達してこまごまとした知識や判断は機械がサポートしてくれるようになったとしても、過去の先人が作り上げてきた知的体系を学ぶことの必要性は変わらない。母国語以外の言語や文化、価値観を学ぶことも含む。体系的な知識や概念の理解は必須である。
  • 細かい知識は機械に任せて、メタレベルの高度な、領域横断的な見識が求められる。また体系的な知識がなければ、どのような問いに価値があるのか、どのようなアウトプットに価値があるのか判断できない。最大の仕事の一つは、正しい問いを正しい相手に正しいタイミングで投げ込むことである。目の前の現実、社会に向かって、インパクトのある問いを生み出すこと、それを解くための意味のある枠組みを整理することが、いっそう大切になる。
  • そして過去の課題に対して、人がどのように向かい合って問いを縦、どのように答えを出してきたかというコンテキストもセットにしなければ、そもそも学ぶことはできない。
  • 日々の知的生産にとって知覚は核心をなしている。知覚を鍛えるにはどうすればよいか。われわれはアナロジー、類似性や関連性の有無で知覚している。知覚できる領域を増やすとは、体感的に理解できる領域、価値を感じられる領域を増やすことを意味している。たとえば生産だけでなくマーケティングもわかる。売り場視点だけでなく物流視点でも見られる、ある物質が役に立つか以前に化学的な意味も理解できる、などなど。

① ハンズオン hands-on,、ファーストハンド first-hand の経験を大切にする。
伝聞から知覚を高めることは極めて困難。手足を動かし頭を動かす。人の感想を気にしない、自分がどう感じるか、どう考えるかを大切にする。
② 言語、数値になっていない世界が大半であることを受け入れる。
感じることを幅広く受け入れられるようにする。瞑想やマインドフルネスはここに通じている。

  • その上で具体的な事象に向かい合うコツは五つある。

① 現象、対象を全体として受け止める訓練をする。
② 複雑な現象の背後にどのようなルール・パターンがあるのかという意識を持ち、現象や対象を構造的に見る。要素にはどのようなものがあるか(何が本質で何がノイズか、本当に一つのものか、別のものか)。要素にはどのような性質があるか(どのような変化をするか、広がり・奥行きがあるか)。要素はどのように関わり合っているか(何が何に働きかけているか、関係はどのようなタイプの力か、全体の振る舞いにどうかかわっているか)。
③ 知覚した内容を表現すること。言語でも絵でも、チャート化するのでも。表現する過程で知覚・気づきを凝縮する力が高まる。
④ 意図的に多面的に見る訓練をすること。思いつく限りの視点やレイヤーから見る。違う視点の人の考えを聴く。
⑤ "so what" を追求すること。どのような意味合いを持つのか、次のステップやその文脈、異なる文脈での意味合いを考え抜く。