Muranaga's View

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安宅和人『イシューからはじめよ』:重要な課題から取り組み、根性論に逃げないことを説く

「適切な課題を見つけるのが、プロフェッショナル」という話を聞いて、思わず「そうだよなぁ」とうなずく。目の前に問題が生じると、すぐに解決し始めようとする僕自身を改めて反省する。そこで改めて読み直した本がある。安宅和人『イシューからはじめよ』である。戦略コンサルタントマッキンゼー)、脳科学者、ヤフージャパンのチーフ戦略オフィサーという経歴の安宅さんが、そのキャリアを通じて磨き上げた思考方法、知的生産のやり方を明かした 10年ほど前のベストセラーである。

イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

多くの人はマトリクスのタテ軸である「解の質」が仕事のバリューを決める、と考えている。そして、ヨコ軸にある「イシュー度」、つまり「課題の質」についてはあまり関心を持たない傾向がある。だが、本当にバリューのある仕事をして世の中に意味のあるインパクトを与えようとするなら、あるいは本当にお金を稼ごうとするなら、この「イシュー度」こそが大切だ。なぜなら、「イシュー度」の低い仕事はどんなにそれに対する「解の質」が高かろうと、受益者(顧客・クライアント・評価者)から見た時の価値はゼロに等しいからだ。

人生を無駄に過ごさないために、必要性の高い重要なイシューに取り組むこと、その上で解の質を上げる(明確に答えを出せる)ことを提唱、そして取り組むべきイシューを選ばずに数をこなすことで解の質を上げようとする「犬の道」を避けること、長時間かけて働いて結果を出す根性論に逃げないことを説いている。

この本を初めて読んだのは2年ほど前のことだ。安宅さんの日本の将来に対する危機感あふれる熱いプレゼンテーション「シン・ニホン」を聴いたのがきっかけだ(安宅さんは同じテーマで何度も講演されているが、たとえば TED x Tokyo の講演をオンラインで見ることができる)。この時に提示された資料(PDF)(この資料は must read である)が、非常にわかりやすく、AI x データ時代の日本に求められる人材像・そのための施策といったメッセージが強く打ち出されていたことに感銘を受けた。そして、彼の知的生産のやり方に興味を持ち、この本を開いた。

その思考・知的生産の大まかなステップは以下の通り。

  1. イシュードリブン:今本当に答えを出すべき問題=「イシュー」を見極める
  2. 仮説ドリブン①:イシューを解けるところまで小さく砕き、それに基づいてストーリーの流れを整理する
  3. 仮説ドリブン②:ストーリーを検証するために必要なアウトプットのイメージを描き、分析を設計する
  4. アウトプットドリブン:ストーリーの骨格をふまえつつ、段取りよく検証する
  5. メッセージドリブン:論拠と構造を磨きつつ、報告書や論文をまとめる

本書では例を取り上げ、わかり易く勘所を説明する。イシューの本質を見極めるために分解して、最初から仮説・サブ仮説を立て、仮説検証のストーリーライン(これは説明のストーリーラインにもなっている)を作ってしまう。このストーリーラインは、作業が進むにつれ、サブイシューに答えが出たり、新たな洞察が得られたりするたびに修正され、磨かれていく。ストーリーラインが知的作業の道標となっている。

このように初めからアウトプットのストーリーを構成して、そこから逆算していくのは、(その質は別として)僕自身もよくやっているが、特にユニークだと感じたのは、ストーリーラインの「絵コンテ」を作るというところである。漫画で言うネーム、映画・アニメの「絵コンテ」と同じである。ストーリーラインを言葉に落とすだけではなく、具体的なデータをビジュアル化して組み合わせていく。僕が苦手なのはこのビジュアル化だと感じる。アウトプット・イメージを文章・ロジックだけではなく、「絵」で考えておくところだ。

その後は、ストーリーラインを道標に、アウトプット志向で調査・分析を進めて、仮説を検証していく。最後はメッセージドリブンで、資料を磨いていく。

本質的なイシューの見極め方、仮説の立て方、イシューの分解の仕方(例:MECE)や型(Where x What x How、例:市場 x ビジネスモデル、3C)、ストーリーラインの型(Why の並べ立て、「空・雨・傘」=課題の確認・深掘り・結論)、分析のやり方(比較・構成・変化)、シンプルに絞り込んだメッセージの構成など、本の中ではさまざまな方法が説明されている。分類の型や思考のフレームワーク(たとえば MECE、3C、ファイブフォース)も紹介されるが、目の前の問題を無理やりフレームワークにはめ込んで、本質を見失ったり、自分なりの洞察が活かせなくなったりする危険性についても言及している。

特に心に残ったメッセージを以下に記しておこう:

  • 「悩む」のは答えが出ない前提、「考える」のは答えが出る前提。仕事とは何かをうみだすためにあるので、「仕事で悩む」ことは無意味である。
  • 一次情報を死守せよ。それを自分なりに感じよ。
  • 現場でどこまで深みのある情報をつかめるかは、その人の判断尺度・メタレベルのフレームワークの構築力が問われる。ここは一朝一夕には身につかない。
  • イシューが見え、仮説を立てたら、言葉に落とす。
  • 本質的な選択肢で、深い仮説があり、答えが出せるのなら、よいイシューである。
  • プロフェッショナルの世界では努力は一切評価されない。本質的なイシューに答えを出すという結果でのみ評価される。

ここで一朝一夕には身につかないと言っている判断尺度・フレームワークの構築力については、安宅さんが後に書かれた論文「知性の核心は近くにある」に、もう少し詳しい説明がある。この論文では『イシューからはじめよ』からもう一歩先、AI x データ時代に求められる仕事の仕方、「シン・ニホン」で示した新しい人材像を提唱している。

『イシューからはじめよ』の最後は以下のように締めくくられている:

結局のところ、食べたことのないものの味はいくら本を読み、映像を見てもわからない。自転車に乗ったことのない人に乗ったときの感覚はわからない。恋をしたことのない人に恋する気持ちはわからない。イシューの探究もこれと同じだ。

自分の目と耳と頭を頼りにして、自力で、あるいはチームで、イシューを見つけていく。この経験を繰り返す以外、身につけていく方法はない。

今では「犬の道」を避け、「根性論」に逃げないことを説く安宅さんだが、若き戦略コンサルタント時代の猛烈な仕事ぶりがわかる対談が二つある。一つはマッキンゼー時代の同僚・伊賀泰代さんとの対談(『生産性』『採用基準』の著者)、そしてほぼ日・糸井重里さんとの対談である。

www.dhbr.net

www.1101.com

キレッキレの頭のいい人たちが、パワー全開で考え抜いて、ガチンコで議論している風景が目に浮かぶと同時に、一企業に留まらず、より大きな社会問題に取り組む目線の高さに感銘を受ける。

生産性―――マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

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