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『ストーリーとしての競争戦略』を読み返すためのノート

経営戦略、その中でも特に競争戦略について、一橋大学ビジネススクール楠木建教授がわかり易く解説した本が出ている。『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』である。

この本の主張は「優れた競争戦略はストーリーとして語られる」というものである。戦略論というと概念的な抽象論の域を出ない本が多い中、この本では具体的なビジネス事例を数多く取り上げ、その背後にある競争戦略の論理を丁寧に読み解いていく。非常に具体的・実践的でわかり易い本となっている。

この本自体もストーリーとして、楠木先生が読者に話しかけるような調子で書かれている。そのストーリーを最初から最後まで順番に読んで欲しいというのが著者からの指示である。最初に読む時はそれでもよいのだが、500ページもある大著である。読み返した時にどこに何が書いてあったか、一目では探しにくい。読み返す時の道標とすべく、議論の要点とそれが書かれていた箇所をノートとして以下にまとめておく。

第1章 戦略は「ストーリー」

  • 優れた競争戦略の条件は何か?それは戦略が「ストーリーになっている」こと(P.ii)。
  • 戦略とは「違いをつくって、つなげる」ことであり、その「つながり」に注目する(P.13)。

第2章 競争戦略の基本論理

  • 戦略は因果論理のシンセシス(綜合)であり、「特定の文脈に埋め込まれた特殊解」という本質を持っている。したがって優れた経営者が「アーティスト」として練り上げた知見は有用である(P.14)。そうした経営者とは違うアプローチで経営学者が戦略論を語る時の視点が、戦略を動画として語るストーリーとしての競争戦略である(P.20)。
  • 競争戦略の最終目標は「利益」「長期にわたって持続可能な利益」である(P.71)。
  • では「利益の源泉」はどこにあるのか?一つは「業界の競争構造」(P.86)(マイケル・ポーターのファイブフォーシズ分析)であり、もう一つは「戦略」である(P.100)。
  • 競争戦略は「どうやって儲けるのか」「競争がある中で、いかにして他社よりも優れた収益を持続的に達成するのか」その基本的な手立てを示すものである(P.101)。
  • 第一の本質は「他社との違いをつくること」(P.109)。その違いには2種類ある。「種類の違い」と「程度の違い」である。前者はポジショニング(SP:Strategic Positioning)、後者は組織能力(OC:Organizational Capability)を重視する戦略論となる(P.113)。どちらの要素も必要である(P.146)。SP が明確で OC が強ければ最強であるが、この二つの間にはどちらかに偏るテンションがあり、その対処が企業への挑戦的な課題になる(P.164)。
  • 第二の本質は「つなげること」。次章以降で説明する。

第3章 静止画から動画へ

  • 競争戦略の利益の源泉は、 次の4つから構成される(P.171):
    1. 「魅力的な業界」業界の競争構造
    2. 「SP戦略」ポジショニング
    3. 「OC戦略」組織能力
    4. 「ストーリー」
  • 「ストーリー」を構成する柱となるのは次の5C(P.173):
    1. 競争優位(Competitive Advantage)
      • 「利益創出」において、顧客が支払いたい価値(WTP:Willing to Pay)を伸ばすか、コストを抑えるか、あるいは無競争のニッチに徹するか、がある。
    2. コンセプト(Concept)
    3. 構成要素(Components)
      • マブチモーターを事例とする。コスト優位という「競争優位」を作り出すための「構成要素」は、小型モーターに特化、標準化、海外直接生産、一極集中営業体制での直販、である(P.184)。
    4. クリティカル・コア(Critical Core)
    5. 一貫性(Consistency)
      • ストーリーの強さ、太さ、長さがよいストーリーの要因となる(P.186-196)。ストーリーの一貫性の正体は「なぜ」打ち手が縦横につながるのかという論理にある(P.229)。
  • コンセプト、クリティカル・コアについて次章以下で説明する。

第4章 始まりはコンセプト

  • コンセプトとは「本当のところ、誰に、何を売っているのか」(P.240)
  • 「どのように」よりも「誰に、何を」(P.245)、そして「なぜ」が姿を現す(P.248)。

  • コンセプトづくりに大切なことは3つ:
    1. すべてはコンセプトから始まる:戦略ストーリーのシンセシスの基盤、扇の要(P.271)
    2. 「誰に嫌われるか」をはっきりさせる:例:カーブス、スターバックス(P.274)
    3. 人間の本性を捉える:製品・サービスを本当に必要とするのは誰か、どのように利用し、なぜ喜び、なぜ満足を感じるのか。顧客価値の細部のリアリティを突き詰める(P.291)。

第5章 「キラーパス」を組み込む

  • クリティカル・コアとは「戦略ストーリーの一貫性の基盤となり、持続的な競争優位の源泉となる中核的な構成要素」(P.295)であり、ゴールを決めるためのキラーパスに相当する。
  • クリティカル・コアの二つの条件:
    1. 他のさまざまな構成要素と同時に多くのつながりを持っている:一石で何鳥にもなる。
    2. 一見して非合理に見える:競合他社にはやるべきではないことのように見える

  • 事例:スターバックス
    • 「第三の場所」というコンセプトの構成要素は「店舗の雰囲気」「出店と立地」「オペレーション形態」「スタッフ」「メニュー」。
    • この中でクリティカル・コアは何か?(P.308) 直営方式というオペレーションが他の四つの構成要素を支え、ストーリー全体に一貫性を与えるクリティカル・コアになっている(P.315)。
    • これは、他社には「一見して非合理」に見える。フランチャイズの方が低コスト・低リスク・地元密着、高いモチベーションという点で合理的に見えるが(P.316)、ストーリー全体の文脈に位置づけると強力な合理性を持っている(P.318)。賢者の盲点を衝いている(P.322)。
  • そのほかのクリティカル・コアの事例集(P.327-P.354):
    • マブチモーター:モーターの標準化
    • デル:自社工場での組み立て
    • サウスウエスト航空ハブ空港を使わない
    • アマゾン:巨大な物流センターとそのための情報技術の継続的な開発
    • アスクル:ローカルな文具店など既存の問屋・小売業者を組織化し、顧客との仲介役機能を委託
    • ブックオフ:専門的な評価ではなく外観だけで評価しての買取

  • 競争優位の階層:図5-4(P.357)
    • (4) クリティカル・コア → 動機の不在・意図的な模倣の忌避
    • (3) 戦略ストーリー → 一貫性・交互効果
    • (2) 組織能力 → 暗黙性
    • (2) ポジショニング → トレードオフ
    • (1) 業界の競争構造 → 先行性
    • (0) 外部環境の追い風
  • なぜ競争優位は持続するのか?
    • レベル2までは「防御の論理」を想定しており、戦略模倣の障壁を高める働きがある(P.362)。
    • レベル3や4になると、「自滅の論理」となり、模倣自体が競合の戦略の有効性を低下させ、さらに差を広げる(P.363)。
    • 一見非合理に見えるクリティカル・コア(=キラーパス)を競合は忌避、構成要素の過剰を引き起こし戦略不全に陥る(P.378)。

第6章 戦略ストーリーを読解する

  • ガリバーインターナショナルの事例(P.382)と読解(P.394)、まとめ(P.415)
    • 競争優位:コストとリスクを同時に削減できる
    • コンセプト:買取専門
    • 構成要素:大型展示場で小売りはしない、一定期間以上の在庫は持たない、経験のあるオーナーをフランチャイジーにしない
    • 一貫性
    • クリティカル・コア:買取専門
  • 教訓:
    • 成長戦略は「内向き」に:外的機会に飛びつくのではなく、今までの自社の戦略ストーリーと成長戦略のフィットを考える
    • キラーパスを出す勇気:目先の利益を見殺しにせざるを得ない。経営者には勇気が必要。
    • 「なぜ」を突き詰める:そのためには「なぜ」を突き詰めて論理的に確信する必要がある。

第7章 戦略ストーリーの「骨法10カ条」

  1. エンディングから考える
    • 「競争優位」と「コンセプト」をはっきりイメージする。「一貫性」こそが持続的な競争優位の源泉(P.429)。
    • 登場人物が自然と動くように、「何を」提供し、「誰が」「なぜ」喜ぶのかを突き詰める(P.433)。
  2. 「普通の人々」の本性を直視する
    • 尖った顧客(あまりにニッチ)ではなく、普通の人々の本性を直視する(P.436)。
    • コンセプトは価値中立的な言葉を使うべき(P.438)。
    • 「言われたら確実にそそられるけれども、言われるまでは誰も気づいていない」のが最高のコンセプト(P.438)
  3. 悲観主義で論理を詰める
    • 希望的観測、楽観主義だと因果論理が甘くなる。
    • 戦略ストーリーの実行に関わる人々の動きについてリアルなイメージを思い浮かべる(P.441)。
  4. 物事が起こる順序にこだわる
    • 戦略構築の本質は、その後の多分に偶発的な機会や脅威を受けて、ストーリーに新しい要素を取り組んでいくプロセスにある。
    • ストーリーの原型を固め、時間展開の中でストーリーを徐々に練り上げる(P.453)。
  5. 過去から未来を構想する
    • 成長戦略が戦略ストーリー全体とシナジーがあるか。好循環、繰り返しの論理が組み込まれているか(P.456)。
  6. 失敗を避けようとしない
    • 最後はやってみるしかない。ビジネスは本質的に実験である。
    • 事前にできるのは、戦略ストーリーを持ち、組織でしっかり共有することと、失敗を明確に定義しておくこと(P.464)。
  7. 「賢者の盲点」を衝く
    • 「良いこと」と「違うこと」はトレードオフ。だがストーリー全体の流れの中で部分の非合理を全体の合理性に転化することができれば、この矛盾が解ける(P.469)。
    • 一般的に「良いこと」と信じられている常識の「逆を行く」ことが求められる(P.472)。
    • 日常の小さな問題の背後にある「なぜ」を考える習慣を続け、同根の問題が複数ある場合は、賢者の盲点であることが多い(P.473)。
    • 「なぜ」の積み重ねは当事者の頭の中にしかない(P.475)。
  8. 競合他社に対してオープンに構える
    • 一部の構成要素は取り入れられても、ストーリー全体は簡単にはまねできないという自信(P.478)。
  9. 抽象化で本質をつかむ
    • 戦略は特定の文脈に埋め込まれた特殊解であり、ただの一回しか起こらない。
    • 戦略思考を豊かにするためには、歴史的方法が最も有効。過去のストーリーを数多く読み、背後の論理を読解する(P.481)。
    • 具体的事象の背後にある論理を汲み取って、抽象化する。「後出しジャンケン」「目標追尾型ミサイル」
  10. 思わず人に話したくなる話をする
    • 優れたストーリーの必要条件として最重要:ストーリーを話している本人が面白がっていること(P.488)。
    • ビジネスは総力戦。「なぜ」について全員の深い理解がなくては実行にかかわる人々のモチベーションは維持できない(P.491)。
    • 戦略をつくること、実行することと同じくらい重要なのは戦略を伝えること(P.495)。

  • 一番大切なこと。戦略ストーリーにとって切実なもの。それは何か?それは「自分以外の誰かのためになる」こと(P.497)。

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