馬車道にある神奈川県立歴史博物館に行く。曇っていて少し涼しいくらいなので、みなとみらいから、散歩を兼ねて、馬車道まで歩く。海の中に塔が立ち始めていて「何だろう?」と思ったのだが、あとから来年開業予定のロープウェイの工事であることを、友人に教えてもらう。桜木町駅とワールドポーターズを結ぶようだ。


北仲ブリック&ホワイトという新しいスポットもできていて、ちょっと新鮮。その近くの駐車場では、何やらドラマのロケをやっていた。


横浜市庁舎も新しい。そして市庁舎の近くに今日の目的地、神奈川県立歴史博物館はある。ここで「特別展 明治錦絵 x 大正新版画 世界が愛した近代の木版画」が開催されているのである。


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三密を避けるために、会場に入れる人数を40人に制限しており、入り口で整理券を渡される。9時半開場のところを10時半くらいに行ったのだが、15分くらい待つことになった。NHKの「日曜美術館 アートシーン」で紹介されたからかもしれない。こんなことならロケ現場で「誰だろう?」とのんびり立ち止まって眺めたりせずに、さっさと歩いてくればよかった。
この展覧会では、明治・大正時代に世界に向けて発信された多色摺りの木版画を展示している。大倉孫兵衛、土井貞一という二人の版元に焦点を当てている。
大倉孫兵衛(1843-1921)はもともと輸出用の陶磁器の事業経営で有名である。日本陶器合名会社を興し、それは現在のノリタケカンパニーへつながっている。この製陶事業から派生したのが、日本ガイシや TOTO である。そして製陶業の経営者となる前、幕末から明治時代にかけて、大倉孫兵衛は錦絵の版元を営み、錦絵を海外に向けて輸出した。この展覧会では、その画帖が惜しみなく公開されている。目がチカチカするくらいの鮮やかな色使いの明治・錦絵である。
因みに、大倉孫兵衛は大倉精神文化研究所を創設した大倉邦彦の養祖父に当たる。大倉山記念館は研究所の本館であり、東急東横線・大倉山駅の名前の由来となっている。
土井貞一は大正から昭和にかけて、川瀬巴水、土屋光逸、ノエル・ヌエットを絵師とする新版画の版元として活躍した。新版画の版元としては、渡邊庄三郎が有名だが、この展覧会では土井版画店に焦点を当てている。新版画・近代版画の中で、僕が特に好きなのは、川瀬巴水、吉田博である。絵師、彫師、摺師の熟練の技の結集により、写実性の高い風景が、木版画で表現されていることに魅かれる。その細かな描写、ぼかしなどを駆使した色使い。水面に揺れる光、降り積もる雪。抒情的な風景画に魅かれる。
今回も川瀬巴水(1883-1957)の風景画(東京二十景)が数多く並べられていたが、土屋光逸(1870-1949)という絵師の風景画の美しさを初めて知ることとなった。土屋光逸は、小林清親を師とし、その西洋画の陰影を取り入れた光線画の表現を継承している。川瀬巴水と比べるとより寒色系の色使いと言えるだろうか、抑えた青・藍といった色で、夜の闇を表現する。そこに光がほのかに浮かび上がる。
ノエル・ヌエット(1885-1969)はフランス語の教師として来日した詩人である。その万年筆で描かれた風景のスケッチを、土井貞一のサポートのもと、色のついた木版画とした。他の新版画と比べて線が多いので、銅版画のような雰囲気を漂わせている。
今回の展覧会は、作品集も多く、充実した時間を過ごした。摺師、彫師の熟練の技を紹介した動画もあり、錦絵・新版画という日本の木版画美術の奥深さを知ることができる。展覧会の図録の見本(PDF)を参考にされたい。また展覧会についての詳細なレポートが、和楽Web に掲載されている。ぜひこの記事で、川瀬巴水、土屋光逸、ノエル・ヌエットの作品を見ていただきたい。
さて土井版画店は今も、「後摺り」という形で、土屋光逸、川瀬巴水、ノエル・ヌエットの版画を販売している。熟練の摺師が今も版元にいるという証しである。Webサイトに行くと、その作品を見て購入することができる。新版画の先駆者、渡邊庄三郎創業の渡辺木版美術画舗でも、川瀬巴水らの作品を購入することができる。
横浜・港町の散歩の締めくくりは、ランドマークプラザにある果実園リーベルでのランチ。

- 作者:川瀬巴水
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- 作者:久男, 清水
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