Muranaga's View

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美術館巡り:見る者の感覚が揺さぶられる「ジャムセッション 石橋財団コレクション x 山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」(アーティゾン美術館)

会社休日の美術館巡り。東京都美術館の「永遠の都 ローマ展」から、アーティゾン美術館の「ジャムセッション 石橋財団コレクション x 山口晃」へ。

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三浦しをん『風が強く吹いている』の単行本のカバーを手がけていた 2006年頃から 10数年来、現代の大和絵師・山口晃のファンであり、その展覧会が開かれると必ず見に行くような「追っかけ」をしている。2015年には水戸芸術館で開催された「山口晃展 前に下がる 下を仰ぐ」も見に行っている。今回もその一環である。

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山口晃は「洛中洛外図」のような大和絵の様式で、大都会を細密描写で描く。その都市鳥観図の中に、時空を超えて、さまざまな人物やものごとが描き込まれている。絵に近づいて、その一つ一つを細かく見ていくのが楽しい。その一方で、ポンチ絵のような挿画を描くし、『すゞしろ日記』のようなユーモアとシニカルさを織り交ぜたようなエッセイ漫画も面白い。

僕が「推し」を始めた頃から比べると、かなりメジャーな存在になってきて、展覧会の Web サイトでは、下記のように紹介されている:

1969年東京生まれ、群馬県桐生市に育つ。96年東京芸術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。13年『ヘンな日本美術史』で第12回小林秀雄賞受賞。 日本の伝統的絵画の様式を用い、油絵という技法を使って描かれる作風が特徴。絵画、立体、漫画、インスタレーションなど表現方法は多岐にわたる。国内外での展示多数。東京メトロ日本橋駅のパブリックアート東京2020パラリンピック公式アートポスターを制作。

アーティゾン美術館に展示される石橋財団の近代絵画コレクションと、山口晃ジャムセッション企画となる今回の展覧会は「ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」と題されている。サンサシオン、すなわち sensation(感覚)。山口晃がファンだと言うセザンヌがよく使っていた言葉だそうだ。山口自身はそのことを小林秀雄『近代絵画』で知ったと言う。

展覧会の最初のインスタレーション、《汝、経験に依りて過つ》は斜めに傾いた部屋。平衡感覚を失われる展示で、見る者の「感覚」を呼び覚まそうという意図があるのだろうか?このインスタレーションの契機となったのは、豊島園にあったアトラクションだと言う。『すゞしろ日記』にその解説がある。

《さんさしおん》という作品も、正面からでは何が描かれているかわからないが、少し斜めから見ることで「さんさしおん」と読めるようになっている。もっと「斜めから」「斜に構えて」見てください、という画家のメッセージだろうか?

山口晃《さんさしおん》2023年

山口晃《さんさしおん》2023年

Web サイトには今回の展覧会、ジャムセッションの趣旨が、次のように紹介されている:

日本は近代を接続し損なっている、いわんや近代絵画をや。 写実絵画やアカデミズム絵画に対する反動としての、あるいはその本来性を取り戻すためのものが西欧の〈近代絵画〉であろう。 が、写実絵画やアカデミズム絵画の歴史を持たぬ本邦に移入された近代絵画とはなんであろう。

西欧の近代絵画と日本の近代絵画を蔵する石橋財団コレクションを前にして、改めて、山口晃(1969- )はそう述べます。 今回のジャム・セッションでは、「近代」、「日本的コード」、「日本の本来性」とは何かを問い、 歴史や美術といった個人を圧する制度のただ中にあっても、それらに先立つ欲動を貫かんとする山口晃をご覧いただきます。

何やら小難しい。展示ではセザンヌの《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》を取り上げ、その模写のようなスケッチが加えられている。そして山口晃らしい挿画を使ったセザンヌの技法の解説がある。非常にためになる。

ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》1904-06年頃

やはり「模写」をすることで、新たな気づきがあるらしい。自分で模写をする感覚で、絵と向き合う。山口晃はそういう絵の見方を勧めている。そういえばこの展覧会も「スケッチ OK」となっていた。

東京2020パラリンピック公式アートポスター(作品名《馬からやヲ射る》)については、その仕事を引き受け、作品を完成させるまでの葛藤について、こと細かく、エッセイ漫画を使って説明している。オリンピック、パラリンピックを巡るさまざまな立場の意見に耳を貸しつつ、その仕事自体を引き受けることによって背負う責任や、自分のポジションがどうとらえられるかという懸念が、克明に記されている。

山口晃《馬からやヲ射る》2019年

この他、今や「景観破壊」の代名詞となった日本橋の上を通る首都高速。これに対しても、山口晃は疑問符を投げかける作品を展示している。まさにこのジャムセッションの趣旨にあった通りである:

今回のジャム・セッションでは、「近代」、「日本的コード」、「日本の本来性」とは何かを問い、 歴史や美術といった個人を圧する制度のただ中にあっても、それらに先立つ欲動を貫かんとする山口晃をご覧いただきます。

日本橋南詰盛況乃圖》においては、日本橋の首都高の上に、さらに江戸時代の日本橋が架かっている。そもそも今ある日本橋だって、江戸時代のオリジナルの日本橋を破壊して作ったものだろう、という作家の意図があるのかもしれない。

山口晃日本橋南詰盛況乃圖》2021年

山口晃日本橋南詰盛況乃圖》2021年

山口晃日本橋南詰盛況乃圖》2021年

訳がわからない現代美術の作品が多い中、画家の考え方・意図まで開陳してくれるのが、山口晃らしい。

もちろん、その他の大和絵様式の細密画も健在である。何が描かれているのか、近づいて、じっくり見るのが楽しい。

山口晃《東京圖 1・0・4輪之段》2018-2023年

この絵の英文タイトルは "Tokei (Tokyo): The Tokyo Olympic Games in 1940 and 1964" となっている。おそらくまだ制作途中の作品であると想像する。

山口晃《東京圖 1・0・4輪之段》2018-2023年

山口晃《東京圖 1・0・4輪之段》2018-2023年

山口晃《東京圖 1・0・4輪之段》2018-2023年

山口晃善光寺御開帳遠景圖》2022-2023年

数年ぶりに山口晃の展覧会に来たので、初めてみる新作が嬉しい。《テイル オブ トーキョー》には、山口晃らしい独自の時空を超えた世界が描き込まれている。

山口晃《テイル オブ トーキョー》2023年

大判の展示会の図録は、僕にとっては must buy。ページが綴じられていないので、散逸しないように注意しつつ、じっくり作品を眺めることができる。

そして今回、作品の多くは写真撮影が可能であった。家に帰ってから、撮影した細密画の写真を拡大して眺めたりもしている。

それにしても、画家の意図通り、見る者の感覚が揺さぶられる作品が多く、さらに画家自身による解説を読むので、非常に頭を使う展覧会であった。見ごたえのある展覧会であることは間違いない。

『美術手帖』にも紹介記事があるので、参考にされたい。

bijutsutecho.com

追記:2023年10月24日

今回の展覧会について、山口晃がインタビューに答えている。

www.artagenda.jp