Muranaga's View

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平安から室町までの日本美術を振り返る「特別展 やまと絵 ー 受け継がれる王朝の美 ー」にて、国宝・四大絵巻を堪能する(東京国立博物館)

10月11日から22日までの期間、国宝の四大絵巻が同時に見られるというので、始まったばかりの東京国立博物館(トーハク)で始まった「特別展 やまと絵 ー 受け継がれる王朝の美 ー」にいそいそと出かける。

yamatoe2023.jp

休日は事前予約が必要である。この日は開館時刻の 9時半は既にいっぱいで、11時から12時に入場するチケットが入手できた。そこで 9時半に上野に行き、まず常設展を見る。次に11時にオープンするレストランで早めの食事を済ませる。その後 12時になる前に、特別展に行った。トーハクで4時間近く過ごしたことになる。

そもそも「やまと絵」とは何か?特別展のサイトには次のような説明がある:

やまと絵の概念は時代によって変化します。平安時代から鎌倉時代頃にかけては、中国的な主題を描く唐絵(からえ)に対し、日本の風景や人物を描く作品をやまと絵と呼んでいました。それ以降は、水墨画など中国の新しい様式による絵画を漢画(かんが)と呼ぶのに対し、前代までの伝統的なスタイルに基づく作品をやまと絵と呼びました。

中国に由来する唐絵や漢画といった外来美術の理念や技法との交渉を繰り返しながら、独自の発展を遂げてきたのがやまと絵です。四季の移ろい、月ごとの行事、花鳥・山水やさまざまな物語など、あらゆるテーマが描かれてきました。

この「やまと絵」の定義を踏まえて、特別展の趣旨は次のように紹介されている:

平安時代前期に成立したやまと絵は、以後さまざまな変化を遂げながら連綿と描き継がれてきました。優美、繊細といったイメージで語られることの多いやまと絵ですが、それぞれの時代の最先端のモードを貪欲に取り込み、人びとを驚かせ続けてきた、極めて開明的で野心的な主題でもありました。伝統の継承、そして革新。常に新たな創造を志向する美的な営みこそが、やまと絵の本質と言うことができるでしょう。

本展は千年を超す歳月のなか、王朝美の精華を受け継ぎながらも、常に革新的であり続けてきたやまと絵を、特に平安時代から室町時代の優品を精選し、ご紹介するものです。これら「日本美術の教科書」と呼ぶに相応しい豪華な作品の数々により、やまと絵の壮大、かつ華麗な歴史を総覧し、振り返ります。

展示替えも含めて、250点近くにものぼる作品群は圧巻である。そして展示されている作品の7割が国宝や重要文化財であり、教科書や美術書などで馴染みのあるものも含まれている。美術手帖では、やまと絵の成立から成熟までを一堂に会する「実物教科書」と紹介されている。

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今回の目的の一つは、平安時代末期、12世紀に制作された四大絵巻を見ることである。四大絵巻とは次の通り:

  1. 源氏物語絵巻》(国宝、徳川美術館五島美術館蔵)
  2. 信貴山縁起絵巻》(国宝、奈良・朝護孫子寺蔵)
  3. 《伴大納言絵巻》(国宝、伝常磐光長筆、出光美術館蔵)
  4. 鳥獣戯画》(国宝、京都・高山寺蔵)

三大絵巻 + 鳥獣戯画、と言っていいかもしれない。院政期に制作された国宝の絵巻が、全国から集められた貴重な機会である。山下裕二・髙岸輝『日本美術史』によると、《源氏物語絵巻》は濃彩な物語絵の代表、そして《信貴山縁起絵巻》や《伴大納言絵巻》は躍動的な線による説話絵の代表ということになる。

長くできあがった行列に並んで、少しづつ左に移動しながら、単眼鏡で細部の描写を確認しつつ、絵巻を見ていく。さまざまな人物、その表情が描き分けられている。まるで現代の漫画を読んでいるような感覚である。

古田亮『日本絵画の教科書』によれば、《信貴山縁起絵巻》や《伴大納言絵巻》には、「異時同図法」といって一つの画面に異なる時間・できごとを連続して描く手法が取り入れられている。辻惟雄『日本美術の歴史』には、「絵巻を繰る動作に合わせて場面の転換や人物の動作がダイナミックに進行する手法には、現代のアニメに通じる要素のあることが指摘されている。」とある。

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擬人化されたサルやウサギ、カエルが相撲を水遊びや相撲をしている《鳥獣戯画》甲巻は、見ていて楽しい。濃淡をつけた墨の線でさまざまな描き分けをしている。線だけで描くのは「白描」と呼ばれる技法とのこと。

鳥獣戯画》甲巻(12~13世紀):図録より

いや、絵巻を克明に見ていくだけで、頭も足もすっかり疲れてしまった…。事前に常設展を見ていたことも影響しているかもしれない。絵巻を見終わった時点でも、まだ展覧会の半分も来ていない。

途切れそうになる集中力をもう一度奮い立たせて、残りの展示を見ていく。《百鬼夜行絵巻》(伝土佐光信筆)、《四季花鳥図屏風》(狩野元信筆)、そして《観楓図屏風》(狩野秀頼筆)など、大型の絵巻や絢爛な屏風絵が心に残った。特に狩野元信による《四季花鳥図屏風》では、漢画とやまと絵が一つの画面の中で融合された形が示されていると感じた。

狩野元信、その孫と目される秀頼の作品により、桃山時代、江戸時代へと続く狩野派の始まりを示したところで、この展覧会は終わりとなる。

狩野秀頼《観楓図屏風》(16世紀、室町時代):図録より

展覧会の図録は、かなりの大型本で分厚い。470ページもある。今回の「日本美術の教科書」とも言われる作品をすべて収録しており、その一つ一つに専門的な解説が加えられている。

すっかり疲れ果てたので、オープンカフェ「ゆりの木」へ。疲れた体に「クリームぜんざい」の甘さが染みわたる。今回は、特別展を見る前に、日本館や東洋館の常設展も見ていたので、疲れもなおさらである。

特別展と呼応する形で、日本館ではコーナー展示「仏画のなかのやまと絵山水」が開催されている。平安時代半ば以降、宮廷絵師と絵仏師が協働して絵画制作を行う環境が増え、仏画の中にやまと絵の山水表現が取り入れられるようになった。その例として国宝《十六羅漢像(第七尊者)》が展示されていた。

ふだん行かない東洋館だが、今回はすべてのフロアを一通り見て回っている。古代中国の青銅器、ガンダーラの仏像彫刻、中国の仏像や石窟寺院などが心に残った。ガンダーラの《如来坐像》(2~3世紀)と、中国・石窟寺院の《菩薩立像》(6世紀)、日本《文殊菩薩騎獅像および侍者立像》(鎌倉時代、1273年)を並べてみる。

如来坐像》パキスタンガンダーラ(2~3世紀)

《菩薩立像》中国・北斉時代(6世紀)

康円《文殊菩薩騎獅像および侍者立像》日本・鎌倉時代(1273年)