務川慧悟は、藤田真央などと同様、好きな日本のピアニストの一人である。音の一つ一つが際立って美しい。その彼が藤岡幸夫指揮の東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団と、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番をやると言うからには、すぐに聴きに行かねばならない。
そう思う人が多かったのだろう、チケットは早々と売り切れた。
しかも後半はホルストの「惑星」というド派手な組み合わせ。そして藤岡サッチーのプレトーク付き。いつもに増して僕のようなシニアな男性が目立つコンサートである。
サッチー曰く「僕も務川君も3番が大好き!」始まる前からいい演奏になることを約束していた。プレトークの内容は、後半にまとめて紹介する。
曲目:
ラフマニノフの3番は音数が多くて、2番に比べて3倍難しいと、数々のピアニストが口にするそうだ。ある意味、コンサート・ピアニストにとっては「名刺代わり」、自分の技術力を示す曲なのだろう。
そんな超絶技巧を要する、ともすれば音が濁りかねない難曲であるにもかかわらず、務川慧悟の音は粒立ちがよく、キラキラして輝かしい。特に少しゆったりめの演奏のソロパートでその透明感が際立つ。
そして藤岡幸夫の情感たっぷりの指揮で、オーケストラの音もよく鳴る。そのオケの大きな音にも負けない力強いピアノ。
ピアノとオーケストラ、さらにミューザ川崎の音響のよさも相まって、本当に美しいラフマニノフの3番であった。第2楽章の最も美しいところを堪能、そして最高のクライマックスを迎えた。
アンコールは、楽興の時 第3番。高揚した聴衆を抑える意味もあったのかな?さらにアンコールを求める聴衆と藤岡サッチーに対して、残念だがピアノの蓋を閉めて応えた。それくらい力の入った疲れる演奏だったのだろう。
様式を重んじつつも、美しく気品があると同時に、ダイナミックな演奏を見せる務川慧悟は、繊細なタッチで即興性のある藤田真央とはまた違った魅力的なピアニストである。それをライヴで十分に味わうことができた。
昨日はフェスタサマーミューザ川崎での、ラフ3。藤岡マエストロ、シティフィルの皆様、ありがとうございました!!🥺
— 務川 慧悟 Keigo MUKAWA (@keigoop32) 2024年8月12日
2年振り2度目のこの曲、でもやっぱり怖くって、逃げ出したい(🥲)とも何度も思ったけれど、無事に終えることができた瞬間「こんな感覚を味わえるなら、また何度でも弾いていきたい」と pic.twitter.com/XAmSQRera5
プレトークで同世代の藤岡サッチーも言っていたが、中高生だった当時に『惑星』と言えば、冨田勲のシンセサイザー版である。それで初めてホルストの原曲を知ったはずである。
そしてよく考えたら生で『惑星』を聴くのは初めてだった。通常のオーケストラより、コントラバスも多く、ハープも2台。その後ろにはチェレスタが控えている。そして打楽器のバリエーションも多い。ティンパニが2台、木琴、そして鐘!
何よりパイプオルガンもある。そうか、「火星」でベースのように地の底から鳴り響くのはオルガンの音だったのだ!
そして「海王星」ではバックステージからは女声コーラスが聞こえて来る。
本日11日は東京シティフィル&務川慧悟さんとサマーフェスタ・ミューザ(完売一番乗り公演)‼️惑星の最後の舞台裏の女声合唱(シティフィル・コーア)頑張ってます🥰 本番楽しみ👍
— 藤岡幸夫 Sachio Fujioka (@sacchiy0608) 2024年8月10日
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ピアニシモからフォルテシモまで、ダイナミック・レンジの広い曲を聴きながら、どの楽器がどこで鳴っているんだろうと探す楽しみもあり、あっという間に後半も終わってしまった。藤岡サッチーは興奮のあまり、「火星」の途中でタクトを譜面台にぶつけて落としてしまったが、何のその! すごい熱量でオーケストラを引っ張り、力強い演奏で盛り上がった。
東京シティフィルとのサマー・フェスタ・ミューザ川崎終了🥰早くからチケット完売で大盛況👍 務川慧悟さんのラフマニノフ3番は絶品❗お人柄も素敵でした😀来年日程合えば関西フィルと共演を約束🤩惑星は東京シティフィルの熱量全快で繊細な響きも美しく女声合唱も頑張った👍客演コンマスの→ pic.twitter.com/LMk1Rm3i1C
— 藤岡幸夫 Sachio Fujioka (@sacchiy0608) 2024年8月11日
藤岡幸夫はテレビ番組「エンター・ザ・ミュージック」をはじめ、クラシック音楽の普及・浸透に努めている。スーパーポジティブで、作品や演奏家の悪口は決して言わない。作品のいいところ、聞きどころ、演奏家の長所を教えてくれる。
20分のプレトークの内容も、とても面白かった。
- ラフマニノフはロシアからのアメリカに行く船の中で3番の初演の練習をした。音の出ない鍵盤だけの練習だったそう。
- 再演の指揮はマーラー。マーラー指揮でラフマニノフのピアノ演奏とは、何と贅沢な組み合わせであろう!
- 2楽章は弦楽器に弱音器をつけている。そのままフォルテシモを出すその独特の響きを楽しんで欲しい。
- 1962年生まれの藤岡世代にとって『惑星』と言えば冨田勲。シンセサイザーを聴き直すと、いかにスコアを読み込んでいるかがわかる。
- 同じ年代に『春の祭典』や『海』などがあったので、好評だった初演以来長らく忘れ去られていたが、カラヤンが取り上げて録音したことで大ヒットした。
- 五拍子の「火星」、平原綾香が歌詞をつけた「木星」は解説不要。何も言わなくても盛り上がる。
- 歳とってからは美しい「金星」と円熟を感じさせる「土星」が好きになった。「土星」の聴きどころはコントラバス。
- 「天王星」の冒頭 4音(G - Es - A -H)の主題は、ホルスト自身の名前を表わしていると言われる。
- 「海王星」の女声コーラス(東京シティ・フィル・コーア)はバックステージから。カーテンコールにも出ないので、皆私服。これは世界共通。
最後に、藤岡幸夫が若手指揮者 3人と自由に語らっている、めちゃくちゃ面白い映像があるので、紹介しておきたい。