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目から鱗!『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』を読んで、絵画鑑賞の新たな視座を得る

絵画を理解するには、描かれた背景(美術史)、絵画の意味(モチーフやアトリビュートの意味)、造形(色・構図)について知る必要がある。秋田麻早子『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』は、造形について焦点を当てた本で、基本的なビジュアル・リテラシー、絵画を観察するスキームを身につけるための入門書と位置づけられる。絵の表面的な特徴から受ける印象だけではなく、絵のデザイン(構造や造形)をとらえる技術を、丁寧な説明で紹介する。カラー図版でさまざまな名画の読み解き方が示され、興味が尽きない。

この本を読むと、目から鱗が落ちる。今まで絵を「見て」はいたものの、「観て」はいなかったことを痛感する。本書でビジュアル・リテラシーの基本を身につけることができれば、絵画鑑賞の新たな視座を得て、その楽しみがさらに深まる予感がする。この本で紹介された技術を、早速、展覧会や画集を見る時に応用してみたい。

絵を見る技術 名画の構造を読み解く

絵を見る技術 名画の構造を読み解く

(1) 絵の中の主役はどこか。フォーカル・ポイント
(2) 絵を見る順序、経路の探し方
(3) 絵のバランスの見方
(4) 絵具と色
(5) 絵の構造、構図と比例
(6) 統一感

主に6つの見方を示し、最後に今まで示したスキームを駆使して、ティツィアーノ『ウルビーノのヴィーナス』、そしてルーベンス『十字架降架』(『フランダースの犬』でネロが最期に目にする絵)を総合的に分析してみせる。

そして自分の好きな絵を 3枚選び、その 3枚の共通項が何かを探すことを勧めている。この共通項こそが、自分が美しいと思うものに共通する特徴である。

ja.wikipedia.org

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絵の構図・配色について解説する本は、他にもいくつか読んだことがある。『巨匠に学ぶ構図の基本』、『巨匠に学ぶ配色の基本』は、名画に画像処理で変更を加えて、オリジナルと比べてみることにより、その構図や配色の持つ意味や観る者にもたらす感覚を明らかにする、なかなか面白い試みの本である。『構図がわかれば絵画がわかる』においても、冒頭どこか凡庸な印象を与えるフェルメール『デルフトの眺望』が示され、実は画像処理で手前の人物を消していたことが明かされる。黒い点のもたらす構図の妙である。

巨匠に学ぶ構図の基本―名画はなぜ名画なのか? (リトルキュレーターシリーズ)

巨匠に学ぶ構図の基本―名画はなぜ名画なのか? (リトルキュレーターシリーズ)

巨匠に学ぶ配色の基本―名画はなぜ名画なのか? (リトルキュレーターシリーズ)

巨匠に学ぶ配色の基本―名画はなぜ名画なのか? (リトルキュレーターシリーズ)

構図がわかれば絵画がわかる (光文社新書)

構図がわかれば絵画がわかる (光文社新書)

今回読んだ『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』は、こういった本の中でも出色の出来だと思う。この本で学んだリテラシーを使って、『巨匠に学ぶ構図の基本』を読み直してみると、また新たな発見があるかもしれない。

『絵を見る技術』で示された 6つの見方について、その要点をまとめておく:

(1) 絵の中の主役はどこか。フォーカル・ポイント

  • 大きさ、位置の他、明暗の差(コントラスト)に注目する。
  • 誘導する線(リーディング・ライン)が集まっているところ。
  • リーディングラインは、線状というだけでなく、身振り手振り、グラデーションの違い、視線などでも構成される。
  • フォーカル・ポイントが二つある絵もある。大きさ、コントラスト、リーディングラインなどをバランスさせている。また二つのフォーカル・ポイントを連携させることも行われる。

(2) 絵を見る順序、経路の探し方

  • リーディングラインには、フォーカル・ポイントを示すだけでなく、画面内の「経路」を示す役割がある。主役の次に、どのような順路で絵を見て欲しいかが示されている。
  • 画面の角を避けるように「巡回型」経路を構成する絵が多い。
  • ジグザグの経路では、画面の両サイドに視線のストッパーを置くような工夫もある。S字のカーブを描くものもある。
  • 放射型の経路もある。集中線型、十字型、クラッカー型などのパターンがある。
  • 入口、出口を示した絵もある。
  • 2次元だけでなく、奥行きという3次元も考えた誘導がなされる。

(3) 絵のバランスの見方

  • 絵には柱となる「構造線」がある。リーディングラインは表層的な輪郭を追うのに対し、構造線はその内側の芯をつかむもの。
  • 縦、横、斜めの3種類。縦は堂々とした感じ、横は穏やかな感じ。斜めは起き上がりそう、倒れそうという動きを感じさせる。
  • 斜めの構造線は、右上がりの方が元気な印象、右下がりの方が不安な印象を与えると言う。
  • 構造線が曲線の場合もある。放物線は揺れたり上昇下降を示したり、優美な印象を与える。円は完璧・完成を示し、丸みのある超然とした印象。S字はリズムある躍動。
  • 絵には複数の線があり、その関係性をリニア・スキームという。絵の構造は、このリニア・スキームに抽象化されている。
  • 縦線を横線で支えたり、斜めの線で支えたりする。
  • 主役を真ん中に置くのは難しい。左右でバランスを取る工夫が必要。それを自然に表現して極めた巨匠がラファエロ
  • ラファエロ以後はフォーカル・ポイントを左右どちらかに振って、バランスを取るような配置になる。

(4) 絵具と色

  • 合成絵具が出るまでは、青色の絵具(ウルトラマリン)は貴重で、金と同じくらい高価だった。聖母マリアやキリストの衣装などに使われ高貴なイメージがある。このウルトラマリンを偏愛したのがフェルメール。青と金の組み合わせは現代でも高級感を表す。
  • 赤、白、黒も高級なイメージを与える。これらの色で布を染めるのが難しかったから。
  • 合成絵具プルシャンブルーの発明、18世紀以降に青を多く使った絵画が見られる。ピカソの「青の時代」、葛飾北斎のブルーもその一つ。
  • 合成絵具は耐久性で問題のあるものもあった。チューブ入り絵具の発明により、戸外で絵を描くことができ、印象派が生まれた。
  • 色には3つの側面がある:色相(色の種類)、彩度(鮮やかさ、色味の分量)、明度(明るさ)
  • 明暗はモノトーン・グレースケールでもわかる。近代以前は下絵の段階でモノトーンで陰影の配分を決め、その上に色を塗っていった。近代以降は最初から色を塗るアラプリマという描き方。
  • 明暗の配分の仕方は、フルスケール、白寄り(ハイキー)、黒寄り(ローキー)、三段階調と分けられる。
  • 鮮やかな色、濁った色があると同時に、陰影のつけ方で鮮やかさは変わってくる。繊細に調子を変えて溶けるような輪郭線とするダヴィンチのスフマート(煙)。陰影を極端にしたカラヴァッジョのテネブリズム(闇)。明るいところを白く抜いたり影の部分に違う色を使うカンジャンテ。影の部分に鮮やかな色を使って中間トーンを白い色にするラファエロのユニオーネ。
  • 複数の色(色相)をどうまとめるかは大きく3つの戦略がある:互いの個性が際立つ色(例:3原色)、似た者同士の色、互いに引き立てあう色(補色:青とオレンジ、黄と紫、赤と緑)
  • セザンヌは青、緑、オレンジを使う。
  • ラファエル前派は中世ゴシックの色遣いを意識している。北方ルネサンスにも細密描写と鮮やかな原色遣いが見られる。

(5) 絵の構造、構図と比例

  • 名画では、全てがあるべき場所に必然性を持って置かれているように感じる。
  • 画面の真ん中は大事なものを示す位置。
  • 画面の上下でシンプルに上下関係を表す。ムンク『叫び』の人物は意外なほど下にいる。
  • 必ずしも上下関係を表さないのは、風景画に見られる前景・中景・後景。
  • 西洋においては、右の方が序列が上。絵を見る側から言うと左側が偉い。
  • 構図には定石がある:『モナ・リザ』は胸より上、左右どちらかを 3/4 見せたポーズは肖像画の定石。風景画も、前景にスライド・インする要素を入れ、それを後景で右上がりか右下がりの斜線とつなげて、中計にメインを置く。
  • フォーカルポイントや構造線がどんな位置にあるか、十字線と対角線を引くとわかる。例えば、人物の目は十字線・対角線の上に置いてあることが多い。十字線と対角線は画面を2分割する。
  • 等間隔、相似形といった秩序を作るのにも十字線と対角線は役立つ。
  • 秩序と自然(様式と写実)は相反する。
  • 秩序を重視すると、リアルさを失い、逆に超自然的・シンボリックな表現に使える。これを様式化という。一方、自然を重視、見た通りの印象を重視すると写実的になる。
  • マスターパターンは 1/2 1/3 1/4 1/5… と等分割。十字線と対角線は 1/2 分割。
  • 先に補助線を考えるのではなく(恣意的に引くのではなく)、フォーカルポイントや構造線など大事な役割を持つものが、画面の中でどういう関係・位置にあるか探求する。
  • 等分割以外のマスターパターンは、長方形の中の正方形(ラバットメント)、直交、これを基にした長方形の入れ子。キャンバスがルート矩形と直交パターンは自然と連動する。
  • 黄金比による分割パターンもある。黄金長方形で直交パターンを作ると分割線がラバットメント・ラインと一致する。またルート5矩形の真ん中に正方形を配置すると、両サイドにそれぞれ黄金比の長方形が残る。

(6) 統一感

  • 絵の構造だけでなく、絵の表層も見る。また全体と細部の関係を見る。
  • 輪郭線はあるか?その有無は地域や時代によって変わる。例えば朦朧体、没骨(もっこつ)表現の評価。
  • 疎か密か?
  • 仕上げの質感の違い。荒い筆致は離れたところから見て効果があり、きめ細かい筆致は近くで見られることを意識している。
  • ティツィアーノの影響を受けたドラクロワは鮮やかな色・繊細な色調変化を、即興的なタッチで表現するカラリスト(色彩派)。すべすべの仕上げのアングルは形の描写を重視するデゼーニョ派(素描派)。16世紀にどちらが上かという論争が始まり、歴史的にはデゼーニョ派に軍配が上がる時期が長かった。その風潮へのアンチテーゼとして、印象派が出てきた。
  • 部分と全体の連動、同じ形のものがサイズを変えて反復される。
  • フォーカルポイント、主要ポイントが一列に並ぶ共線性。画面に秩序をもたらすと同時に、その線が重要だと知らせる。
  • 共線性を持つ線の傾きを揃えることで秩序をもたらす。その傾きを5つ前後に抑えることをガムットと呼ぶ。