Muranaga's View

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仏像を模造・修復する学生たちを描く『東京藝大 仏さま研究室』

仏像の模造・修復の世界を描いた小説、樹原アンミツ『東京藝大 仏さま研究室』を読む。ちょうどオリジナルに忠実な模造というプロセスを通して、正倉院の宝物が作られた当時の卓越した技術を研究し、後世に伝えていく「再現模造」の展覧会を観たばかりであり、とても興味深く読んだ。

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「仏さま研究室」は通称で、正式名は「東京藝術大学大学院美術研究科・文化財保存学専攻 保存修復彫刻研究室」。仏像の修理が学べる国内唯一の大学組織である。この研究室に学ぶ修士2年の学生は、修了制作としてまる1年かけて、国宝級の仏像の模刻を行う。模刻とは、仏像が作られた当時と同じ技術で、できるだけ同じ素材で、仏像を制作・再現する。写真を撮るだけではなく、時に X線撮影や 3次元計測といった手法を使って、仏像の内部の構造も明らかにしていく。

4人の修士学生たちの青春群像小説だが、それぞれの物語を通して、仏像文化の歴史、仏像を模刻する意味や意義、技法を知ることができる。そのうえ彫像のための木材調達、仏像を模刻することに対する檀家の抵抗など、模刻研究の難しさもわかる。彫像だけではなく乾漆像における漆の技法などにも言及しており、興味深い。

研究室を率いる教授によると「修了制作は早く正確に作ることが目標ではない。美術史に残る仏像を自分の手で彫ってみることで、仏師がなにを思い、どこを工夫したのか、どこに悩んだのかを追体験する … いわば一緒に悩むことが大切」なのだと言う。

学生に対して的確なアドバイスをし、窮地に陥っている時には自ら手を貸してリカバリーしてみせる魅力的な教授。このモデルは、おそらく彫刻家の籔内佐斗司公式サイト)であろう。奈良県のキャラクター「せんとくん」の生みの親でもある。

数年前、この「仏さま研究室」の学生の模刻が、発表パネルとともに三井記念美術館で展示されていたことを思い出した。2018年9月開催の特別展「仏像の姿 - 仏師がアーティストになる瞬間」であったと思う。「籔内佐斗司教授との共同企画」であったようだ。当時は模刻の意味を理解せずに、「こんなに精巧な仏像を彫る技術を持った学生がいるんだ、さすが藝大!」と眺めていた記憶がある。模刻という研究手法を通して、当時の仏像技術について新たなことがわかり、その手法・文化を後世に伝えていくことにつながる。

www.museum.or.jp bijutsutecho.com

東京藝大の「スーパークローン文化財」プロジェクトは、模刻・模造がさらに発展したものである。伝統的な模写・模造の技術と、最新のデジタル技術を組み合わせることによって、文化財の精巧な複製を作り上げ、文化遺産を後世に伝承していくプロジェクトである。

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最後に、藝大の学生たちの面白過ぎる生態を描いた本を紹介しておく。音楽(音校)と美術(美校)とで対照的とは聞いていたけど、それに留まらない。全14学科の、さまざまな藝大生へのインタビュー。自由過ぎる。