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海と生物との関わりを学ぶ「特別展 海 ー 生命のみなもと ー」(国立科学博物館)

国立科学博物館で開催されている「特別展 海 ー 生命のみなもと ー」に行く。夏休みの間は激混みだろうと思い、9月末の週末まで待ったのだが…。開館直後の時間帯から、家族連れでなかなかの混雑ぶりであった。開催が 10月 9日までと迫ってきているからかもしれない。

国立科学博物館海洋研究開発機構(JAMSTEC)が監修する展覧会である。その開催趣旨について、Web サイトから引用する:

海は、水惑星地球の象徴であり、地球上のあらゆる生命のみなもとです。海は、様々な物質とエネルギーを運び、そこに成り立つ生態系を育んできました。また、私たち人類は、海のめぐみを享受すると同時に、海の厳しさを乗り越えることで繁栄してきました。そして現代では、人間活動に伴う環境への影響が、海でも様々な変化として顕在化しています。

2013年及び2017年に国立科学博物館で開催した特別展「深海」では、極限環境である深海を探査する人々の挑戦や、そこで暮らす様々な深海生物や深海研究を紹介しました。そして2023年夏、私たちの身近にある「海」の誕生から現在について、多様な生物や人と海の関わりを紹介し、さらには海との未来を考えていく特別展を開催します。海で生まれ、進化し、海のめぐみとともに生きてきた生物の姿を知ることで、私たちが今後どのように海と関わっていけばいいのか、そのヒントも見つかるかもしれません。

展示は 4つの章で構成される。各章のみどころを Web サイトから引用しつつ、興味を持った展示をいくつか紹介したい。展覧会の公式図録にある解説も参考にしている。

第1章 海と生命のはじまり

そもそも、地球になぜ海が存在するのかを理解するためには、地球における水の起源を解明しなくてはなりません。地球の水の起源物質は、小惑星リュウグウ」から得られた試料の分析から多くの新知見が得られつつあります。

本章では、始原的隕石から太陽系惑星に至る水の起源、地球史における海の誕生と進化、そこで育まれた現在の私たちにつながる初期生命の生態系について最新の研究成果と標本を使って紹介します。

展覧会は「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰ったサンプルの話から始まる。サンプルに含まれる鉱物の多くは、水の存在を前提とするものだと言う。それは原始地球の大気の組成から、水の来歴、そして海の誕生につながっている。彗星などの天体を含め、初期地球には徐々に水が蓄積され、海のもととなっていった。

46億年前、誕生したばかりの地球には隕石や小惑星が降り注ぎ、地表はすべて溶岩に覆われていた。のちに海水となる水はすべて高温の超臨界水として、大気の中にあった。隕石の降り注ぎが落ち着いて地球が冷却されてくると、大気中にあった大量の水分が熱い雨となって降り注ぎ、初めて海ができたと考えられている。

そして生命は海から生まれたとするのが「海底熱水説」である。1977年に発見された熱水活動域。深海の暗黒の中に生物群がいたことが大きな発見となった。こういった場所では、アルカリ性の熱水により、白いチムニー(熱水噴出孔)が形成されている。非生物的に作られた有機物も発見されており、このようなところで初期生命が生まれた可能性がある。

生命の誕生の後、太陽の光エネルギーを利用して二酸化炭素から有機物を作り、酸素を放出するシアノバクテリアという微生物が生まれた。シアノバクテリア により、二酸化炭素などの温室効果ガスが減少し、約24億年前には地球の赤道域まで氷河に覆われるスノーボールアース(全球凍結)を迎える。

この全球凍結が終わると、温暖な気候になり、浅海でシアノバクテリアが爆発的に繁殖、大量の酸素が蓄積され、その後の生命進化に大きな影響を与えたらしい。

展覧会では、真核生物がどのように誕生したのか、そして生命進化による多様化、過去と現在をつなぐ生物としてのシーラカンスが展示されていた。

第2章 海と生き物のつながり

日本列島周辺の海は、現在の地球の海を特徴づける要素が、ほぼ全て揃っていると言われています。プレートの沈み込みに伴う海溝沿いの超深海から非常に活動的な火山列島などの沿岸域まで、多様な地形で構成されているためです。そして、そこを流れる世界最大規模の海流である黒潮は、単に海水の移動にとどまらず、エネルギーを輸送し、日本周辺の気候に影響を与え、陸上を含めた多様な生物を育んでいます。

本章では、日本列島周辺の海底を形作るプレート運動や火山活動などの活動的な地学現象、黒潮を含む海流が生み出す大規模な海洋循環を解説し、それらが生物の分布や多様性にどれほど影響し、大きな広がりが生まれているのかを紹介します。

展覧会は大きなスペースを使って、日本列島周辺の地形、黒潮親潮の海流が生み出す生物の多様性を示す。海流だけでなく、深さ方向での生態系も展示している。

表層の植物プランクトンの遺骸などからなるマリンスノー。それが沈んで深海生物の餌となる。

またクジラは深い海中から呼吸するために海面に浮上する。その移動が海洋生物に欠かせない栄養源の循環を生んでおり、ホエールポンプと呼ばれている。

それにしても、どうやって海の生物の行動を追いかけているのだろう?その一つの手法として、アイソロギングと呼ばれる方法が展示されていた。坂の体内には年輪のように刻まれる輪のある器官がある。たとえば眼球や耳石などである。これらの輪には、生まれてから死ぬまでに回遊してきた海の場所が、同位体アイソトープ)比などの履歴として記録されているのだと言う。

この同位体比を測定し、同位体比地図と照らし合わせることで、その魚の回遊履歴が復元できる。凄いアイディアである。

またドローンも大活躍している。大型クジラの全身を撮影したり、何とクジラの鼻水を採取して、個体の DNA 解析を行ったりしているとのこと。

第3章 海からのめぐみ

人類史における海とヒトの関わりは食料や貝殻を装飾品などとして利用することから始まりました。やがて外洋航海技術を発展させると、海を渡って新たな大陸や島嶼への移住を実現させました。特に島嶼では、多様かつ豊富な海産資源を利用する文化が生み出され、ヒトは海とより深く関わるようになりました。

現代では、海からのめぐみはさらに大きなものになっています。海運物流なしにはもはや人類の生活は成り立たちません。さらに人類は、北極海の活用や深海にある鉱物資源の回収まで見据えています。本章では、水産資源の利用にとどまらない様々な「海からのめぐみ」について人類史を通じて紹介します。

海と人類(ホモ・サピエンス)との関わりについて展示されている。

人類が日本列島にやってきたのは、約3万8千年前と考えられている。旧石器人は何らかの航海技術をもって、大陸から海を越えてきたはずである。旧石器時代の道具で製作可能な舟をつくって、台湾から与那国島をめざす実験研究「3万年前の航海徹底再現プロジェクト」を、国立科学博物館は実施した。

www.kahaku.go.jp

『日本人はどこから来たのか?』の著者である海部陽介先生が総監修のプロジェクトである。ヨシなどの草を貝刃で刈って作った草束舟、大型の竹を石器で切って籐でしばった竹筏舟では水の抵抗が大きく、流れの速い黒潮を横切ることはできなかったが、最後に試みた丸木舟でついに 45時間、225km の航海をなし遂げた。

縄文時代になると、ヒトと海の関わりは飛躍的に深まる。千葉県市原市には有数の大規模貝塚があるが、その貝塚の中身を調べる研究が行われた。動物を素材とした道具や装飾品、貝類の装飾品、漁具などが見つかっている。

貝塚接状剥離標本(千葉県市原市 西広貝塚 縄文時代後期~晩期)

そして時代は一気に現代へ飛ぶ。海上輸送における船の変遷があり、最近では風力で推進したり水素を生産したりする船が作られている。

深海を調査する無人探査機・ハイパードルフィンは、深度 4,500m まで潜航が可能で、1999年に製造された機体に独自の改良を加えて使用していると言う。これまで 2,200回以上の調査潜航を行っている。また南海トラフにおける地震津波観測監視システムの構築にも貢献している。

第4章 海との共存、そして未来へ

人類は、これまで海から様々なめぐみを享受してきました。一方、近年では、人間活動に伴う環境変化が、海でもあらゆる形で顕在化しています。水産資源の枯渇、海洋酸性化、貧酸素化、そして海洋プラスチック汚染…。海で進行するこれらの変化を紹介するとともに、科学技術や我々一人一人の行動変容で、持続可能な形で海を活用していく取り組みについて紹介します。海のめぐみとともに生きてきた人類が、今後どのように海と関わっていけばいいのかを考えるきっかけとなることを期待します。

海洋保全のために、生態系の健全性をモニタリングが実施されるようになってきた。生態系すべてをモニタリングするのは困難なため、食物連鎖の上位にいるトップ・プレデター(頂点捕食者)など重要な種に着目してモニタリングが行われる。

駿河湾最深部のトップ・プレデターは、ヨコヅナイワシ。採取された個体は、全長 1.4m、体重 25kg にもなる。海底設置型の餌付きカメラシステム、ベイトカメラで撮影されたヨコヅナイワシの映像が展示されている。映像から推定される大きさは、全長 2.5m という。

ベイトカメラ

ヨコヅナイワシ

美しい表紙の公式図録は must buy。流し読みしてしまった展示の説明文を、もう一度落ち着いて咀嚼して学ぶことができる。

aej.store.yomiuri.co.jp

参考図書として、ブルーバックスから出ている『海はどうしてできたのか』を紹介しておきたい。壮大な地球進化史をコンパクトに振り返ることができる。

また「3万年前の航海徹底再現プロジェクト」については、『サピエンス 日本上陸 3万年前の大航海』という本が出ている。そして海部陽介『日本人はどこから来たのか?』も非常に面白い本である。単行本で読んだ時の読書メモを掲載しておく。

この本は、アフリカを起源としてホモ・サピエンスが地球規模に広がっていた中で、日本列島にはどのように渡ってきたのか、日本人のルーツについて、著者の仮説を解説する。目次を読むだけで、この本で提唱されている日本人の起源に関する仮説の概要がわかるようになっている。

従来の海岸移住説とは異なり、著者らの仮説では、アフリカを出た我々の祖先は、ヒマラヤ山脈を挟んで南と北に分かれて東に進み、再び合流、古代日本には 3万8000年前から、対馬、沖縄、北海道の三つのルートから移住してきたとする。これらが人々が混じり合って、縄文人の祖先となる。1万6000年前から縄文文化が発達、そして 2500年前、稲作文化を持った者たちが入ってきて、今の日本人が構成される。

各章で、仮説の論拠となっている遺跡の年代のグローバルなプロッティング、人骨化石とそのDNAの分析、遺された石器文化の比較調査を説明、それらを総合した現生人類の移動・拡散のシナリオが示される。