Muranaga's View

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閉館前の美術館は好きな作品を独占できる:「テート美術館展 光 ー ターナー、印象派から現代へ」(国立新美術館)

千住真理子さんのリサイタルを聴くために、午後お休みを取ったこの日は、夜、六本木で友人たちとの会食が予定されている。横浜みなとみらいでのリサイタルを終えて、六本木に向かっても会食までに1時間半ほど時間がある。そこで国立新美術館「テート美術館展 光 ー ターナー、印象派から現代へ」に行くことにした。横浜の音楽の演奏会から、六本木の美術の展覧会へ。何と充実した平日の午後であろうか。

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展覧会のサイトから、その概要、およびテート美術館についての紹介文を引用する:

本展は、英国・テート美術館のコレクションより「光」をテーマに作品を厳選し、18世紀末から現代までの約200年間におよぶアーティストたちの独創的な創作の軌跡に注目する企画です。

「光の画家」と呼ばれるジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーや風景画の名手ジョン・コンスタブルといった英国近代美術史を彩る重要な画家たちの創作、クロード・モネをはじめとする印象派の画家たちによる光の描写の追求、モホイ=ナジ・ラースローの映像作品やバウハウスの写真家たちによる光を使った実験の成果、さらにブリジット・ライリー、ジェームズ・タレルオラファー・エリアソン等の現代アーティストによってもたらされる視覚体験にまで目を向けます。

本展では、異なる時代、異なる地域で制作された約120点の作品を一堂に集め、各テーマの中で展示作品が相互に呼応するようなこれまでにない会場構成を行います。絵画、写真、彫刻、素描、キネティック・アートインスタレーション、さらに映像等の多様な作品を通じ、様々なアーティストたちがどのように光の特性とその輝きに魅了されたのかを検証します。

テート美術館とは:

TATE(テート)は、英国政府が所有する美術コレクションを収蔵・管理する組織で、ロンドンのテート・ブリテン、テート・モダンと、テート・リバプール、テート・セント・アイヴスの4つの国立美術館を運営しています。

砂糖の精製で財を成したヘンリー・テート卿(1819–99年) が、自身のコレクションをナショナル・ギャラリーに寄贈しようとしたことが発端となり、1897年にロンドン南部・ミルバンク地区のテムズ河畔にナショナル・ギャラリーの分館として開館、のちに独自組織テート・ギャラリーとなりました。2000年にテート・モダンが開館したことを機に、テート・ギャラリーおよびその分館は、テートの名を冠する4つの国立美術館の連合体である「テート」へと改組されました。7万7千点を超えるコレクションを有しています。

テート・ギャラリーの本館であったミルバンク地区のテート・ブリテンは、16世紀から現代までの英国美術を中心に所蔵。ロンドンのサウスバンク地区に位置するテート・モダンは近現代美術を展示しています。

ターナー、コンスタブル、印象派、ミレイ、ハマスホイなどの絵画作品から現代アートまで、光を扱った作品が並べられている。写真撮影可能な作品も多い。以下、展覧会や図録(展覧会場、および楽天ブックスで購入可能)の作品解説を参考にしながら、心に残った作品を紹介していく。

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ターナー《陽光の中に立つ天使》1846年

ターナー《湖に沈む夕日》1840年

ターナー《陰と闇 ー 大洪水の夕べ》1843年

ターナー《光と色彩(ゲーテの理論)ー大洪水の翌朝ー創世記を書くモーセ》1843年

展覧会の最初の部屋にターナーの作品が並ぶ。ターナーは画業の後半、細部に注意を払うより、光と色の効果を捉えることに重点を置くようになった。刻々と変化する大気の状態を描く姿勢は、モネなどの印象派に影響を与えた。

今回、ターナーの風景画は出展されていないが、ターナーと並ぶ英国の風景画家と言えば、コンスタブルである。2年前、テート美術館所蔵のコンスタブルの風景画展を見たが、今回は油彩が2点、そして版画の連作が出展されている。

コンスタブル《ハムステッド・ヒースのブランチ・ヒル・ポンド、土手に腰掛ける少年》1825年頃

コンスタブル《ハリッジ灯台1820年

コンスタブルは自然を理想化するのではなく、忠実に再現することをめざした。《ハリッジ灯台》においては、頭上の雲が陸地に落とす暗い影と、明るい陽光を浴びる灯台の様子が、光と影のコントラストを生んでいる。また白い絵具を散らすという特徴的な手法により、水面の光のきらめきを表現している。

コンスタブル(原画)・ルーカス(彫版)《イングランドの風景》より

コンスタブルは後期になって、生涯の仕事の総まとめとして版画の連作に力を注いだ。22点からなる≪イングランドの風景》シリーズは、黒と濃淡が豊かに表現できるメゾチントという版画技法を選び、版画家ルーカスと協力して、光と闇の究極のコントラストを追求した。

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リネル《風景(風車)》1844-45年

ジョン・リネルは、自分の周囲の世界を可能な限り正確に記録しようとした風景画家である。《風景(風車)》では、日の光が入道雲を照らす一方で、その下の暗い雲が雨の気配を漂わせている。風車の立つ土手から水たまりで水を飲む牛へと視線が誘われる。そこには水面を照らす光が白のハイライトで筆あとを残したまま描かれており、ライバルであったコンスタブルの技法を思い起こさせる。

ミレイ《露に濡れたハリエニシダ》1889-90年

ラファエル前派として知られるミレイは、晩年、ラファエル前派時代よりもはるかに自由なスタイルで、《露に濡れたハリエニシダ》を描いている。静寂な早朝の霧を通して輝く太陽を捉えている。

ブレット《ドーセットシャーの崖から見るイギリス海峡1871年

ブレットはラファエル前派とも交流を持ち、初期の作品では宗教的なモチーフを取り入れている。後年はコンスタブルの影響を受け、移ろいやすい天候と光の効果への興味を深めた。天文学者でもあり、科学的な緻密なアプローチを取り入れている。今回の展覧会の図録の表紙となっている絵である。

ホイッスラー《ペールオレンジと緑の黄昏ーバウパライソ》1866年

アメリカで生まれたホイッスラーは、ロンドンとパリを主な拠点として活躍した。チリの港町を描いたこの作品では、穏やかな海と船を照らす薄暗い光を表現するために、青、緑、灰色の淡い色調を用いている。画家が細部よりも全体の印象を作り出すことを好んだことを示している。

展覧会ではこの後、モネ、シスレーピサロといった印象派の作品が続く。印象派は光そのものを絵の主題とした。光、大気、その動きをキャンヴァスに留めるために、戸外の自然の中で制作した。

モネ《ポール=ヴィレのセーヌ川》1894年

シスレー《春の小さな草地》1880年

シスレー《ビィの古い船着き場へ至る小道》1880年

ピサロ《水先案内人がいる桟橋、ル・アーヴル、朝、靄がかった曇天》1903年

20世紀初めになると、ハマスホイやローゼンスタインのような画家が、落ち着いた人物像と静かな室内を描いた。家の中での光と影の効果が正確に捉えられている。

ローゼンスタイン《母と子》1903年

ローゼンスタインは、緻密な光の描写に細心の注意を払っており、人物の髪、肌、衣服における光の表現、暖炉や壁のパネルの影の複雑な動きに見てとることができる。充満する静けさは 17世紀のフェルメールの影響を反映している。

ハマスホイ《室内》1899年

ハマスホイは17世紀に建てられたコペンハーゲンの自宅の室内風景を 60回以上描いている。多くの場合、人物は描かれていないが、本作品では妻・イーダをモデルにした人物が空間を占めることもある。もともと丸い木のテーブルが前景の大部分を占めていたが、後に再構成して、人物が最後に付け加えられたと言われている。

ハマスホイ《室内、床に映る陽光》1906年

僕は 3年前に初めてハマスホイの絵を観賞して以来、精神性を感じさせる静謐な世界観に魅了されている。

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展覧会ではこの後、写真における光の効果の表現、そしてカンディンスキーやリヒターなど現代アートにおける作品が展示されている。

ホワイト《ぶら下がったかけら》2004年

エリアソン《星くずの素粒子》2014年

古典絵画から現代アートまで、「光」の表現をテーマに、さまざまな作品と出合える展覧会であった。

そうこうするうちに、閉館の時間が迫ってきた。平日の閉館直前の美術館、人がほとんどいなくなり、好きな作品を独り占めすることができることに気づいた。貴重な閉館前の10分間。僕は、ハマスホイの二つの作品を心ゆくまで堪能した。

2010年に行ったベルリンの絵画美術館では、オフシーズンだったこともあるのか、フェルメールの《紳士とワインを飲む女》と《真珠のネックレスを持つ少女》をじっくり観賞できたことを思い出した。

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