今年になって何度、川瀬巴水の展覧会を訪れたことだろう。4月の平塚市美術館、6月の府中市美術館、そして町田市立国際版画美術館を前(8月)後期(9月)。 その最後を飾るのは SOMPO美術館で開催されている「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」展である。
川瀬巴水と共に「新版画」を立ち上げた渡邊庄三郎の渡邊木版美術画舗所蔵の作品群ということもあり、鮮やかな摺りの 279 点を堪能することができる。
ダイアナ妃が吉田博の木版画を愛したように、スティーヴ・ジョブズは川瀬巴水の新版画を愛した。今回の回顧展では、彼が集めていた巴水("Hasui" と呼んでいたらしい)の作品の一部が展示されており、その審美眼を確認することになる。そして富士山が日本の風景の象徴的な存在であること…。
ジョブズは 1984年、初めて Macintosh を発表した時に、その最初の画面に表示したのが、新版画・橋口五葉の《髪梳ける女》であった。吉田博よりも川瀬巴水が好きだと話したエピソードも残っている。
川瀬巴水の描く風景画は雪景色が多い。また夜の光に照らし出される水面が美しい。日本らしい抒情的な風景が、海外の人の心にも響いたのだと思う。
芝増上寺は、巴水の生まれ育った付近で、いくどもモチーフとして取り上げられている。《増上寺之雪》は、文部省文化財保護委員会が伝統的な浮世絵技法を残すために依頼されて作られた。スケッチの段階から版画が完成するまでの工程が記録されている。1953年当時、芝増上寺の前には都電の停留場があり、電車を待つ3人の人物のモデルは、巴水本人と妻の梅代、養女の文子であるという。
僕のオフィスは、増上寺のすぐ近くなので、同じ角度から 2021年の三解脱門を撮影してみた。
1957年11月、川瀬巴水は胃がんのため74歳で没した。絶筆となる《平泉金色堂》の制作途中であり、病気と闘いながら試行錯誤を繰り返していた様子が、日記に記されているそうだ。盟友・渡邊庄三郎によって仕上げられ、百箇日の法要の際に親戚や知人にのみ配られたという。
《野火止平林寺》は約30回摺りを重ねているが、最初の黒摺から完成品まで 10回に分けて制作した「木版畫順序摺」がある。木版画の制作工程の一端を知ることのできる資料となっている。
今回の展覧会は図録も素晴らしい。全 279 点、260ページ、2,800円。主要な作品が大判で印刷されている。川瀬巴水の作品集をいくつも持っているが、その中でも出色である。迷わず購入した。図録も含めて、今年最後の「川瀬巴水」展は本当に満足のいくものだった。
最後に SOMPO 美術館に来たら「お約束」と言ってもいいだろう。ゴッホ《ひまわり》である。
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